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エツミのエポカは一歩踏み出すパワーをも中に入れるアルバムなのだ

 何かを志向する動機なんて、いい加減なものだ。

テレビCMで、趣味を探している青年が目を閉じて手に取った本に書いてあることを始めようというシーンがある。ちなみに、それはボルタリングの雑誌だった。まぁ、そんなものなのだろう。最初は、それとなく始めたものも、続けていれば個人差はあるが上達する。すると、さらに面白くなるという図式だ。

epoca20ex.JPGこれは仕事に関しても同様だろう。何となく流れで始めた事なのだが、続けていれば、ある程度は業務ができるようになる。慣れてくる。さらに続けてると、それが天職だったと思うようになる。逆に考えれば、向き不向きなんて、あまり関係ないのだ。ただし、仕事は趣味と違って確実に遂行する義務がある。やり散らかす訳にいかない。なので義務になり面白くなくなる。

そうなると、もっと心の底からモチベーション高くやれることが、あるはずと考えがちになる。だいたい、そういう場合は、やってたことと反対の要素のものに憧れる傾向にある。なので、営業マンが税理士を目指してたりする。この場合も、当初のイメージと違っていたとしても、本人が困惑しつつも続けていけば一定のレベルになる。もっとも、仕事にすると例によって遂行する義務が生じるから面白くなくなる。

いずれにしても、ともかく踏み出して続けていけば、一定のモノにはなるということだ。これが、重要だ。天分や運命など関係ないと思う。

ところで、写真用品である。エツミというのは、ある意味、非常に面白い企業で、突然、意表をついた展開をする。昨年は額の販売をしたと思うと。今年はいきなりチェキスクエア用のアルバムであるエポカの販売を始めた。0だった分野だからプラスになるだけ、という感じだ。まずは踏み出す大切さを理解しているのだ。

まさに、エツミのエポカは踏み出すというパワーをも入れこむアルバム、なのだ。

しかし、本当にそうだよなぁ。。こちらも、よく文章を書くのが、もともと好きだろうと言われるが。最初は新聞記者だった父親が抜き打ちで作文の宿題を見たがり、テキトーにやってると激怒されるため、いやいやながら真面目に書くようになってから、書くことに興味はおぼえた。たまに自宅で原稿を書くときは、伸ばし伸ばしにする。もともと好きなこととは思えない。もっとも好きを仕事に天分通りに生きている人間など、ケンコートキナ―の広報担当者以外は知らないが…。


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ボーグは凡人でも天を仰ぎ見られる撮影用品だ

 今年は天体現象が活発に起こる年である。なので、天体観測や撮影機器の関連メーカーにとっては当たり年と言われている。

ボーグ107.JPGこうなると良く言われるのは、気宇壮大なことである。いわく、天文現象から見れば、人の悩みなんて小さいもの、気にするなと。だが、そんなの凡人にとっては一時的な気休めに過ぎない。やはり小さいことが気になるものだ。人なそんなに偉くはない。金持ちにもなりたいし、良い酒も呑みたい。

もっとも、ごく稀に、こんな気宇壮大で居られる人間もいる。例えば、坂本龍馬などは、密かに持ち歩いていたメモ帳に、人間はすべからく天と地の腹中に湧き立つ虫なり。その虫同士で上下を争っても仕方ない、と。西郷隆盛は、人を相手にするな天を相手にしろと。

だが、こんな人間などほとんどいない。多くは凡人であり、その凡人の視点で見た宇宙があるのだ。天文は仰ぎ見るものだ。

ところで、写真用品である。天文と言えばコアなファンにとってはボーグである。望遠鏡の鏡筒の望遠レンズは抜群だ。だが、残念なことにマニアック過ぎて、少し前までシステムが懲りすぎていた。だが、最近ではシンプルに買ったら手間なく使えるようなものも提案している。凡人の視点でも違和感なく天を仰ぎ見られるのだ。

まさに、ボーグは凡人でも天を相手にできる撮影用品なのだ。

しかし、凡人はいいよなぁ。。視野は狭いか暗殺されたり乱に巻き込まれたりしない。せいぜい、安酒場での喧嘩を見るだけか。。
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マンフロットの視野の広さも感じさせたVRサポート機材なのだ

 もうロートルと言われる年齢だが、この年にして気づいたことがある。それは、自分が何気なく決めつけつてたことを疑う、ということの大切さだ。

これまで比較的、思い立ったら興味のあることに手を出す、ということをしてきた。だが、そのうちの結構な割合で三日坊主であった。ひどいときには、朝、本を入手して夕暮れとともに擲つという一人朝令暮改もあった。結局、自身の精神の惰弱さを思い知らされ、やけ酒を呑むの繰り返しで酒だけ強くなった。

マンフロットVR.JPGが、なかには奇跡的に続けてやれてることもある。その違いを子細に観察してみると、本能的に自分に必要だと脳が認識したことは続いているということだ。ということは、今まで継続出来なかった多くの事は、実は必要ではなかったということなのだろう。どちらかと言えば、欲を書いたり世間のガセ情報に踊らされて、やるべき、と考え始めたことだ。もともと堪え性がないので、これは続かないだろう。

いずれにしても、このように改めて、違う角度から視野を広げることで新鮮な感じになる。いろいろ執着していた思考も馬鹿馬鹿しくなるのだ。西郷隆盛ほどの人物だって、幕府を倒すという発想がなく、それを指摘した勝海舟に仰天したのだ。それ以降、彼は倒幕に舵を取る。

赤穂浪士の不破数右衛門は夜毎に刑死した遺体を掘り起こし、斬る練習をしたらしいが理にはかなっている。斬るのなら木刀で型をやるのではなく真剣で人を斬る練習をしたほうが役に立つ。彼は討ち入りの時に大活躍した。一部の浪士のように池に落ちたりしなかったのである。拘らない視点で必要な練習をしたのだ。

ところで写真用品である。ここのところマンフロットの動きは、注目すべきものである。老舗ブランドのロープロを扱いだしたと思うと、全く新分野にもアプローチした。VR撮影のサポート機材である。この撮影市場は、ストリートビューの浸透もあり、プロカメラマンやハイアマの需要も生まれそうだし。360度撮影を楽しむという嗜好そのものも生まれそうだ。それを視野に入れ先鞭をつけるなど流石である。

まさに、マンフロットの視野の広さも実感したVR撮影機材、なのだ。

しかし…確かに視野の広さは重要だよなぁ。ハイボールだってウイスキーのストレート飲みのチェイサーとして炭酸水を呑むという発想もあるだろう。体内では同じになる。よし、やってみよう[決定]




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C-PLUSやベンロを有するコメットは意外に幅広く活躍しているのだ

歴史的事象には、伝承と実状がかけ離れてる事が多い。大概は、大袈裟に語られてる。これは、元になる一定の事実があって、それに庶民の願望が加わり増大していく。

acc_stand_low-y.jpg例えば、荒木又右衛門が活躍した伊賀上野の仇討ちでは、実際に彼が斬ったのは2人半だと資料にはある。半分というのは負傷させて戦闘不能に陥らせたということだろう。まぁ、日本刀で斬れる数など考えたら当然だし、逆に2人以上確実に仕留めたのだから、又右衛門の達人ぶりは、それだけで理解できるのだが、庶民は満足しなかった。この事件の全容が伝聞で伝わるや、江戸で講談にかけられて大ウケした。あまりにもうけるので、講談師は少しずつ数を増やしていき最終的には36人というキリの良い数に落ち着いた。同じように、水戸黄門は漫遊してないし。幕末の新撰組は、イメージにあるようなだんだら模様の羽織は、常には着用してなかった。あんなの目立つし不便だ。

逆に、実は伝わってるイメージより、事実はさらに大きいことがある。単純な例で言えば、豊臣秀頼の体型で、ただの御曹司と思いきや身長197センチ、体重160キロ以上の巨漢であった。今だって、こんな男性は目立つが、当時は平均身長150センチ台だ。対面した156センチ程度の家康は、恐怖を感じて滅ぼしたくもなるだろう。ちなみに、この体格ゆえに140センチ程度の秀吉の子供かどうか当時から疑問視されていた。なお、母親の淀は身長168センチくらい。面食いの秀吉の好みに合う容貌だったろうから、今生きてても女優でいけそうだ。

ところで、写真用品である。コメットと言えば営業写真館やコマーシャル系のスタジオに本格派のスタジオ機材を提供するというイメージだ。だが、9年ほど前からハイアマ向けの普及価格帯のC-PLUSシリーズを発売しており好調だ。おまけに、昨年からはベンロのバッグや三脚も扱いだし幅広い客層に拡販しているのだ。

まさに、C-PLUSやベンロ製品を販売するコメットは予想以上に幅広いメーカーなのだ

しかし、本当に事実はわからないよな。ただ、宮本武蔵の180センチは納得だ。それこそ150センチ台の平均身長の時だ。そのくらいの筋骨粒々の目付きの鋭い男が両腕の刀を振り回してくるのだ。恐怖以外の何者でもない。



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ベルボンのチェアーポッドは無駄を逆手に取ったユニークな商品だ

 無駄というのは、結構必要だったりする。いわば糊代のようなものだ。実は、今やっている複数のことが強固に結びつくポイントになる。また、新たなものを考えつく伸び代になったりする。ノリシロとノビシロという2つの役割を担うのだ。

H.Y.127_7_2_1600.jpgなぜなら、無駄とは無駄であるゆえに、それを克服しようと人は思考を発展させるからだ。長い距離を長い時間かけて動くのは無駄だ。目的地までの距離は動かしようがないから、手段を変えようと、電車や車を創造した。通常手段の非効率さを何とかしようと、電話、電信、さらにはインターネットにつながってきた。これは目に見えてるものだけではない。いわゆる答えの出ない対人関係の悩みなどは時間や精神の浪費だ。だから、何とかしようとカウンセリングも受ける。

その無駄克服のアプローチのひとつとして、無駄な要素を含んでるもの同士を連携させて、お互いの無駄を相殺させるということもある。それぞれの無駄な部分同士を糊代にして、無駄のない物を作るのだ。世界のホンダなどは、技術者の本田と営業マンの藤沢が、それぞれの得意分野を合わせる一方で不得手な部分を相殺させた。結果、世界のホンダとなったのだ。

ところで写真用品である。この連携し無駄を相殺した商品が、ベルボンから発売された。椅子と三脚を一体させたチェアーポッドH.Y.127である。要は三脚と椅子が一体となったユニークな商品だ。じっとシャッターチャンスを待っているときに、ゆっくり座れる。そういう場合は椅子と三脚を別々に持っていくという無駄な手間を排除。さらに畳むと脚付き一脚にもなるから無駄がない。

まさに、ベルボンのチェアーポッドは無駄を逆手にとったユニークな商品なのだ

しかし、本当にそうだよなぁ。最近、安酒のメッカの新宿の店で食べ飲み放題コースができた。素晴らしい。確かに安酒を死ぬほど呑む卑しい輩などいないから、儲かるからなぁ。流石だ[exclamation] だが、私を甘く見てもらっては困る。。




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ジッツオは貴族の匂いが冴えるブランドなのだ

 やはり、絶対に誤魔化しが利かないなぁ、と思うことがある。ズバリ、育ちの良さである。残念なことに、こればかりは仕方ない。

gitzotraveler-1.png後天的に身につけたものは関係ない。勉強して得られた教養といった代物は、会ってこそ迫力という効果を発揮するが、その時だけた。こと生まれもった育ちから出るものは、冷静に見ると一目瞭然である。ちなみに自分も認めたくないが、品の悪さが良く分かる。

歴史上の人物の肖像画なりを見ても、すぐ分かる。豊臣秀吉など、あれだけのことをしたのだが、やはりどう贔屓目に見ても貧相だ。負けた浅井や朝倉のほうがさすがに品の良い顔だ。明治の頃では、ほとんど活躍しなかったが、三条実時の品の良さは目立っている。いくら俺が天下を担ったと言っても、伊藤博文には真似できない。この品の良さからくる魅力は、よく知られており、江戸時代には成り上がり大名たちの、でっち上げの系図作りが横行した。だいたい、初代の家康からして新田義貞の系統を名乗っているが、実際は弁の立つ流浪していた坊主だろう。秀吉だって、貴族の血筋を言い出している。

そういう意味では、やはり写真用品ではジッツオブランドは不滅だ。品質もそうだが、やはり品格がにおいたっている。伝統は侮れないのだ。

まさに、ジッツオは貴族の匂いを感じるブランドなのだ

しかし本当にそうだよなぁ。安酒ばかり呑んで酔えるのは庶民の証拠だなぁ。まあ、仕方ないが。



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マルミ光機のSOLIDは吉田松陰のごとく硬い信念を持つフィルターなのだ

新年あけまして、おめでとうございます。などと、書いてみたが。めでたいといっても、何が目出たいのかと言われると辛いものがありそうだ。まぁ、今年もいつまで続くかわからないですが、この駄文をよろしければ、よろしくお願いいたします。

ところで、新年早々なんだが。今年をどう生き延びるかだ。いや、これは普遍のテーマであるが、今後のめちゃくちゃな時代をどう過ごすかだ。

だいたい、今は好景気と言われているが、まったく実感がない。一部の大企業だけだろう、と言われているが、その大企業にいる友人に聞いても、そんな実感はないという答えであった。なので、国家公務員になった友人に聞いても同様であった。民間が潤わないと、こちらに反映されない、と上から目線だか、へりくだっているのだが、わからない回答をもらった。

そもそも、時代はわからない。ビットコインがこれだけ影響を与えるようになるとは考えられなかったし、何が何だかわからない。自己啓発にはまっている知人は、今こそ成功のイメージを常に頭に描く、引き寄せだかなんだかの法則を使って乗り切ろうと言っていたが、はたしてどうなのか。一説では、脳は成功イメージングをしてしまうと、それで満足して現実的な行動に移ろうとしなくなるともいう。だいたい、すべてが信じられないのだ。

こういうときはどうしたらいいのだろうか。と思いつつ、初詣に松陰神社に行って、ちょっとした刺激があった。この人物の言うところの、狂の精神しかないのではないかと思ったのだ。

PIC000004.jpgこの狂の精神とは、二つの側面がある。ひとつは、自分自身の方向性に向かって、ともかく貫いていくということ。さらに、もう一つは、その反面、自分自身の利益や成否などは二の次にしていくということだ。これは、吉田松陰の言葉を借りれば「大事を断ぜんと欲せば、先づ成敗を忘れよ」ということだ。失敗を恐れず、利益も考えずだろう。まぁ、これら二つの側面を行うのは、簡単なようでいて実は難しい。なので、初めに返るが、狂の精神が必要ということだ。

世の中、何があるかわかったものではない。ともかく、狂の精神が必要なのだろう。まぁ、これを徹底的に貫けたのは吉田松陰くらいだろう。今年の大河の主人公である西郷隆盛が常に言っていた、一番始末の悪い人、ということになる。ここまでは無理だが、こちらのような凡人もヨシダショウインのヨシくらいの境地は見習うような年にしたいものだ。などと、元旦にちょっと考えた。もっとも、そう考えながら、安酒を吞んで寝てしまったのだから、これこそ始末の悪い人間になったのかもしれないが・・。

ところで、写真用品である。年明けに第一弾で取り上げたいのが、マルミ光機のSOLIDである。このフィルターはともかく硬度は凄まじい。多くのカメラファンがcp+で見ていると思うが、ともかく硬い保護フィルターなのだ。だいたい、保護フィルターは硬いにこしたことないのだから、ある意味、このフィルターこそ王道を行っているのだ。まさに、フィルターの専業メーカーらしく徹底して本分を貫いている。そこに妥協もない。

まさに、マルミ光機のSOLIDは吉田松陰のように己を貫くフィルターなのだ

しかし・・本当にそうだよなぁ。。ともかく、貫くことだ。本文中にも書いたが、安酒なら安酒でいい。ともかく、今年も貫いた飲み方をしたいと思う。いや、もはや今年は新宿のやまとクラスの店しか行かないぞ。。
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角形KANIフィルターは光も影も呑み込んでマルごと勝負するのだ

自己啓発本というのは、つくづく厄介な代物だと思う。もちろん、役にたったという人はそれならそれで良い。だが、多くの人が本の手法を真似て、うまくいかなかったりする。これは、なぜだろうか。

713xT8VJPCL._SX425_.jpg実は、自己啓発本に浸る人というのは、自分を過小評価するタイプが多い。自信がないから、自分を捨てて、その本の通りにすれば幸せになる。うまくいく、と思いがちだ。だが、である。もともと、作者以外の人間にピッタリくる心理的プロセスなんて無いはずだ。おおまかに通用するという部分があるだけだろう。そう割り切れればいいが、多くの過小評価型の真面目な人たちは、その通りに行かないと落ち込み、自分はダメな奴という思いを強くしてしまうのだ。自分が、その世界に入れないから絶望するパターンとなる。かくて、しばらくしたら、また次の本と手を出す。

これは、パワハラに会う真面目な会社員なんかも同じパターンだ。ワンマン経営者は往々にして、自分の世界観を持っているから、社員らにそれを共有することを求める。そうなると、それに合わせられない真面目で自己評価が低いタイプは、頑張ろうとする。だが、やはり他人の思考パターンだ。ピッタリ合わせるのは不可能だ。ある程度、良い面だけというのであればいいが、そうはいかない。それが世界のすべてかのように、共有できないのは自分の能力不足と考えるのだ。結果、思い悩み、ワンマンの言いなりになり、ストレスをため込む。もちろん、これは家庭内のモラハラもそうだ。そのパートナーの言うことが絶対だと思い込み、それに従えないと自分はダメだと思い、鬱になったりする。

世の中、このように悪意のあるなしにかかわらずに、自分の世界に入り込ませようという人や本であふれている。では、どうしたら、こういう罠にはまらないようにすることができるか。要は、自分は、そういうものには乗らないと早々に内心で宣言してしまうのだ。では、何をよりどころするのかというと、欠点も含めたすべての自分でいいのだ。

よく長所を伸ばせというが、長所には必ず欠点もついてくる。光と影があってこそ、一人の人間が成り立つのだ。その掛け値なしの自分で勝負するということで行くことだ。欠点やできないことも、きっちりと認めたうえで己をよりどころに戦う。一種の開き直りだ。

その、見えない取り込みの流れに乗らない、という姿勢を保つことがいいのではないか、とつくづく思っている。

ところで、写真用品である。常に欠点をも内包しながらも、自分は自分とマイペースで展開しているのが、角形に特化したフィルターを発売するKANIだろう。角形というニッチなところのみを攻めるし、またこの社の販売ルートは、今のところはネットのみだ。自社はこういうものだ、どうか、と開き直って訴えかけるのである。今年、多くの躍進した新興メーカーを見てきたが、結果、この社も大きく躍進した。

まさに、KANIフィルターは影も光も包み込んでマルごと勝負するのだ

しかし・・本当にそうだよなぁ。外からの世界観は乗るのも自由だが、乗らない自由もあるはずなのだ。自分を保ち、ひたすら年末年始は安酒で飲み明かす。これも、自由だ
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SILKYPIX ユーザーズガイドはユーザーへの優しい目線で溢れているのだ

 平和にしてれば、いいというものではない。時には乱を起こすことも必要なのだ。もちろん、こちらから一方的に相手を攻撃するのは最悪だ。だが、来るものには乱を起こした方がいい。

received_1407532349355074.jpeg日露戦争が、いい例だろう。もともとロシアは自国の強力な軍隊に絶対的な自信を持っていた。それは客観的に視ても事実で、東に向けて進軍した際に当時の清も朝鮮もあっさりと進軍を許した。これで、ますます調子に乗ったロシア。自分は何をやってもいいと、理性の抑制が外れたのだろう。極東の日本にまで無理難題を押し付けてきた。この行為には、さすがに親戚のドイツ皇帝が忠告したが、大丈夫だ、と耳を貸さなかった。だが、ここで予想外のことが起こった。その日本が反撃したのである。窮鼠‥猫を噛む、というやつだが、これが噛むどころではなかった。互角以上に持ち込み、形の上では敗北させられたのだ。

以後、ロシアの認識は変化した。必ずしも平和の徹底というものが良いということではないと思う。

まぁ、これは国家間というスケールの問題だが、身近な例もある。今年、話題になった埼玉県選出の女性国会議員の事件だ。あれほど教養もあり、支持者には腰の低かった人物が、パワハラに歯止めが利かなくなった。多分、最初は感情に任せて一言くらいを言ってしまったのだろう。すると、意外にもあっさりと通った。そのうち、なんでもやっていいと誤解し暴走してきた。まぁ、こちらも意外に秘書がきっちりと、証拠の保全ということをしておりバッヂを失う羽目になった。彼女も認識が変わったことだろう。もっとも、元の性質は変わらないが。

そもそも、こちらが平和的態度で臨めば相手も紳士的になるというのは、余程の人間的レベル同士の場合だろう。幕末の際に、西郷隆盛は降伏した庄内藩に礼儀を持って寛大な態度を示したが。これはお互いに武士道を共有できたし、また西郷だったからだ。大概の場合は、図に乗ってくる。もっとも、自分の利害の外のことには、人は結構、紳士的にはなる。そこだけ見れば性善説か‥。

いずれにしても、時として流されるのでなく、乱を起こすことも必要というわけだ。そうでないと、それこそ事態は正義の方向に進まない。

ところで、写真用品に関連して、この程、非常に有益な本が出た。カメラマンの横山崇氏が書いた、SILKYPIXのユーザー用ガイドブックである。ちなみに、同氏は市川ソフトの管理職という安定したポジションを蹴るという乱を起こしてまで、カメラマンとして独立。そんな激しさがあるだけに、逆に言えば、純粋なソフトの入門者のユーザーに注ぐ目線は優しい。この本は、そんな目線が全面に溢れたノウハウ本だ。強い人は優しさも持つということか。

まさに、SILKYPIX Developer Studio Pro8/8 ユーザーズガイドはユーザーへの優しい目線で溢れているのだ。

しかし、本当にそうだよなぁ。法律だって、一面で言えば抵抗する権利への訴求から生まれてきた。性善説にのみ頼るなら法律はいらない。そういう強さで風潮を突破した上で、優しさを注ぐべきだろうなぁ。。


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新生クランプラーはチェンジに成功したのだ

 人は変われるものだろうか。結論から言うと、人は常に変わっている。身体を構成している物質は常に変化しているからだ。一定のサイクルで中味的には全くの別人になるのだ。

RS5394_LD6000-010_Front.pngとはいえ、人は変わるものではない。物質がどう変化しようとA君はA君だし、痛風がTSUFUになろうが。痛いものは痛いのだ。それは脳の恒常機能というやつで。行動や反応という極めて自分でコントロールできそうな部分まで保とうとする。

逆に言えば、この本来はコントロールできる部分を意識すれば、人は変われるのではないだろうか。と言っても漠然としている。具体的に言えば、敢えて今までやって来た習慣を全て止めて、逆の視点で考えて行動してみることである。よく勘違いしてるのだが、自分にとって不利益と思われる部分だけ変えようとする場合だ。これでは意味がないだろう。そもそも、今までと同じで失敗したのだから、同じことをしていても仕方ないだろう。逆のことをして、取捨選択していく。これをしていくしかない。

ところで、写真用品である。クランプラ-のバッグが国内市場で復活した。但し、名前が同じでも中味は全くの別物だ。というのも、これまでのオーストラリアの会社ではなく、ドイツのロゴを買った企業が展開しているからだ。よりタウンユースさがアップしたし価格も手頃になった。もちろん、前のオーストラリアのクランプラーハも好きだったのだが、これもいい。

まさに、新生クランプラーはチェンジに成功した、のだ。

本当にチェンジだよなぁ。。こちらもTSUFUが怖いので、思いきってSHOUCHU中心で行くか。。まぁ、今までとあまり変わらないか…
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