So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

エツミのジュリエッタフォトは乱世の動乱も収納しそうなバッグだ

もはや中途半端は通用しなくなったのではないか。全てにおいてだ。

中途半端というと言い方が悪いので、どっちつかずというか。。いや、これも悪い言い方だ。何となくバランスという雰囲気が難しいのだ。もちろん、平穏な時代ならそれでいい。むしろ、極端にぶれるのは敬遠される。治世の英雄である。だが、今の時代はどう見ても乱世だ。そういう時代は、やはりバランス感覚でなく極端にブレル姦雄こそが英雄になるのではないか。

 4975981350993-0.jpg写真業界に関して言うと。スマホがこれだけ台頭する中で、関連メーカーとも方針の転換を迫られてる。方向性としては、ごくごく軽めのものでいくか完全にハイアマやプロを狙ったもので行くかだ。今朝の朝日新聞にも出ていたが、ニコンはスマホとの差別化を徹底するために高級機に絞りこんでいく。もちろん、これは写真用品メーカーにとっても進むべき道ではないだろうか。モバイル雑貨的な商材もいいだろう。その一方で、明らかに高級商材に改めて注力するときだろう。持ち運びしやすいとか簡易系の普及型商材は、手掛けてもいいが、あくまで主軸では期待しない方がいい。ライトかヘビーの両極端か、あるいはどちらかに徹するところが今後は強くなるのではないか。ほかは、全く違う発想で既存の商材をとらえるところ。山田屋写真用品のような感じの企業が生き残るのではないだろうか。

そういえば、この程、エツミでは本革の高級感溢れるバッグのジュリエッタフォトを発売する。同社にしては異色な商品だと思ったのだが、案外、こういう商材こそ今の乱世の王道を行くものかもしれない。

まさに、エツミのジュリエッタフォトは乱世を収められるバッグ‥なのだ。

しかし。。本当にそうだよなぁ。そういえば修理のイストテクニカルサービスもプロサービス部門をスタートさせた。先が見える経営者はもう動いてるのだろうなぁ。。こちらも腹をくくり専門に特化しないとなぁ。。
nice!(0)  コメント(0) 

グリーンハウスは日本国のメディアメーカーなのだ

 自分が何者か、これははっきりと把握したほうがいい。個人の場合でも企業の場合でも同様だ。

もっとも、この場合に勘違いしがちなのは、なりたい姿や時代に要請されてるような、あるべき姿を本来の自分だと思ってしまうということであり、これは気をつけなけれいけない。

まず個人レベルで考える場合に気を付ける必要があるのは、おうおうにして自分とは正反対の資質を追い求めようとしがちな点である。どう見ても事務屋の資質なのに営業マンであろうと考えてしまい、それが本来の自分だと思ってしまうのだ。世の中、何だかんだといって、暗い雰囲気より明るいほうがいい。引っ込み思案よりも社交的なほうがいい。と、考えて無意識になりたい自分を本来の自分と考えてしまう。

だが、考えて欲しい。人間などというのは、偏ることはあり得ないのだ。自分が明るく社交的だとする一方で、実は引っ込み思案で内向的だと思う。割合はともかく、両者を包有しているのが人間だ。たまにいるのだが、自分は優れているという片方に思い込んでいるパターン。この場合、よほど自分の自信の無さを無意識に隠そうとしているか、精神的疾患かだろう。本来はバランスを取るべきであり、この割合で内向的だが意外に明るい部分が多いかも、とか冷静に考えて本来の強みをかんがえたほうがいい。
we-gh-sdmrhc_4.JPG
 ただし、このバランス云々は個人であって、法人にはあてはまらない。法人の場合は、利益追求を優先するあまり意図的にバランスを取ろうと手を広げすぎる傾向にあるからだ。それは、ある意味仕方ないのかもしれないが。本来の自社の持ち味を忘れてしまいがちだ。もともと開発力に優れたメーカーなのに、一時の苦しさを逃れるために、取り敢えず市場で数が出そうなモノを中心にしてしまったりする。だが、本来はそういう時こそ、自社の本来の強みに回帰して勝負すべきではないだろうか。その分野では、もともと競合がいないか、相手にならなかったはずだ。それを再認識したほうが、逆に効率的かもしれない。

ところで、写真用品である。こんな時期だからこそ、持ち味を再認識しアピールを考えてるのが、メディアメーカーのグリーンハウスだ。メディアメーカー。こんな呼び名に違和感さえ出ているほど、生活家電やサインディスプレイなど幅広い分野で活躍している。だが、最近は改めてメインであるメディアメーカーとしてのアピールに注力することを志向している雰囲気がある。ここの担当者によると、決して業績は悪くないが、競合であるサンディスクやトランセンドに比べると知名度がない。おまけに、価格路線でガンガン行くアジア系のところのようなパワフルな感じもない。その中で、やはり品質と国内メーカーであるという点を改めてアピールしていく。

まさに、グリーンハウスは日本国のメディアメーカーなのだ。

しかし。。本当に強みだよなぁ。こちらも、実はハイボールだけでなく、日本酒こそ本来の嗜好だということをアピールしたい。。





nice!(0)  コメント(0) 

山田写真用品の旧日本陸軍カーキ色のレリーズボタンは剛直な強さを感じる。

 年齢のせいもあるだろうが、妙にレトロチックなものが好きである。何か骨太で質実剛健さを感じるものが多いからだ。
 もっとも正確に言うと、やや世の中が安定した頃のモノには興味がない。コテコテと装飾されたような感覚は、華やかでいいとは思うが興味はない。日本で言えば元禄文化の産物などだ。

 その前の戦国から江戸初期のやや粗削りなものは魅力を感じる。同じ絵画でも、狩野なんとか、よりも宮本武蔵の描いたものの剛直さがいい。刀も後期の美術品的な銘柄のものよりも、戦国の戦陣刀や胴田貫が良いのだ。国際的な観点で言うとフランスよりドイツ文化のほうに惹かれる。

そんなおりに、レトロで骨太のピッタリの写真用品が提案された。山田写真用品のソフトシャッターレリーズボタンの日本陸軍カーキ色バージョンである。取り付けやはずしがしやすいローレット加工タイプであり、機能性も優れている。真鍮素材を使っている。もっともポイントは、やはり陸軍の戦車などにも採用されたカーキ色が徹底的に再現されてるところだ。見た感じからレトロチックで剛毅さを感じる。

まさに、山田写真用品のソフトシャッターレリーズボタン陸軍カーキ色は宮本武蔵の絵にも匹敵する剛毅さがある、のだ。

この剛直さが実にいい。ただ降り下ろすのが基本の薩摩示現流にも似た強さだ‥
R_4560440972603-2.jpg

nice!(0)  コメント(0) 

サンディスクのメディアは売り方の容量も深いのだ

 物事のやり方、考え方、さらに言えば生き方などというのは本当に一通りでないんだな、と思う。
 最近、ちょっとした会合に出た。そこで、自分の好きなミステリーの本を紹介する場があったのだが、ある人物が写真集を持ちこんできた。その写真があまりにも何を狙って撮影したものかわからずに謎めいておりミステリーだと主張していた。一般的に言えばミステリーとは、我々は小説を連想する。だが、そうではないということだ。

業界で言えば、イストテクニカルサービスというカメラ修理会社は、修理した製品を売るなど、他の社が行っているような商売の幅を広げるという方法は取らなかった。敢えて自社の修理技術を高めて、プロカメラマン向けのサービスをメ二ューに加えたのだ。餅は餅屋に徹しようというわけだ。いろいろな行き方がある。

生き方で言うと、坂口安吾の堕落論などは…ポジティブではなく、徹底してドン底に自分を落としてから這い上がればいい、という独自の考え方で。これは特異だが強烈なパワーを与えている。

いずれにしても、いろいろな行き方がある。

ところで写真用品である。そういう点では、世の中がオンライン販売に進むのにサンディスクは店頭メインの姿勢を崩さない。写真店にとって頼もしい存在だ。さまざまな写真イベントも積極的だし独自の手法を貫いている。

まさに、サンディスクのメディアは売り方の容量も深い、のだ、

しかし、本当に独自はいいよなぁ。ストロボ専業のニッシンもライトスタンドを出したし。これからは人も企業も独自で行くべきだ[exclamation] こちらも最近は濁り酒にはまってる。
SDSQXPJ-128G-JN3M3.jpg





ジャパンホビーツールのイージーカバーは盲点を突く装甲で売れるのだ

 盲点というのは必ずある。多くの人が子供の頃に読んだ怪盗小説では、厳重な警備の網をくぐり抜け、まんまとルパンが物を盗む。
 個人で名高いのはトロイ戦争で取りざたされたアキレウスの踵だろう。うっかり不死の水につけ損ねた踵の部分を矢で射られて死んだというやつである。まぁ、実際問題として踵を射られるくらいに接近されたら、既に敗北の状態だと思うが。それは、まぁいい。盲点の一例だ。

 あと、意外なのは現代海軍の主力艦であるイージス艦の脆さだ。イージスとは盾という意味であり、さぞや強い航空母艦と思いきや。装甲自体は極めて薄い。理由は簡単だ。現代の海戦は軍艦同士の砲撃戦ではなく、彼方の敵とレーダーで探り合いミサイルを撃ちあう形をとる。装甲は薄くして、その分、最新の電子機器を積んだほうが良いのだ。これも意外な盲点だろう。

だが、それゆえに、まさに盲点をついた事件が起こった。よりによって民間の貨物船と衝突して大穴を開けられ死傷者を出したのである。まぁ、これ自体は不幸な事故だろうが。もし敢えて計画的にこんな攻撃を仕掛けられたら脆いということだ。

盲点は常に存在する。だが、逆に考えれば。この盲点を突くことで、あっけなく人や組織は勝利するかもしれない。

ところで写真用品である。ジャパンホビーツールというユニークな用品を販売する企業がある。ここのイージーカバーというシリコン製のカメラカバーの勢いが持続している。もともと海外では人気だった製品だが、どうも日本人の繊細な感覚では違和感があったようで、なかなか浸透しなかった。が、5年ほど前だろうか。ようやく意外なシリコンの柔軟さが知られ、さらに価格も安くなったところからシンプルに売れ出した。今、旧機種対応のも含めて好調に売れてるのである。考えてみれば、大事なカメラは隅々まで守りたい。それならカバーだ。出来れば常に持つので手触りのよい方がいい。当たり前の盲点だったのだ。

まさに、ジャパンホビーツールのイージーカバーは盲点を突く装甲で売れる…のだ。

しかし。。本当にそうだよなぁ。ちなみに、記者という人種は鼻っ柱は強いが。根本は臆病者が多いと思う。何故なら、政治なり経営にそんなに高い理想を持つなら、まず自分がやればいい。そういう実行する勇気はないのかもしれないからだ。。
OWuB9U7MnllLQ5Kg_pgpTSuWJoe-M6eUR6nIrH3xESk.jpeg

市川ソフトのシルキーピクスは常に進化し変化するRaw現像ソフトなのだ

 前号でも書いたように、もはや今までの定見に縛られる時代ではないのだろう。
 書いたようにベルボンは雑貨やライトな三脚を出すし。ハクバは育児分野に手を出す。他にも、浅沼商会のエンディング産業への進出もある。特に、浅沼の場合は遺影用の額縁ということでの参入だが。最近は生前葬の需要も高い。その場合、本人が生きていて見るのだから遺影っぽい黒縁のは抵抗がある。そこで、明るい色のものが好まれるのだ。そのあたりに、さらに注力しているのが、額の専門メーカーの安井商店で。保守的な葬儀業界の中にあって、きっちりと専門の問屋を通して浸透させている。

このように、各々の立場で定見を崩して進歩し、生き残りをかけようというのが写真用品メーカーでは目立っている。例えば、市川ソフトが販売のRaw現像ソフトのシルキーピクスである。新バージョンでは、シグマのクワトロに対応するという特定のハードをターゲットとして意識している。ちょっと見慣れない傾向である。さらに、額縁や台紙にプリントを飾った状態のものをシミュレーションできる機能も備えている。これまでのものに縛られずに、渋いところで常に進化させているのだ。ちなみに、市川の担当者と雑談したおりに動画時代の活かし方について、4Kや8K動画からの切り抜き画像での加工などのアイデアを語っていた。

まさに、市川ソフトのシルキーピクスは常に進化させているRaw現像ソフトなのだ。

しかし。。本当に変わってきてるよな。これはカメラ店の写真展もそうで。ペンギンカメラさんの俳句と写真の組み合わせの展示も人気だ。全て変化だ[exclamation]

DS8_screen.jpg

KANIやベルボンやハクバはキレキレだろう

 ともかく。。言ってみる、打って出てしまう、今の時代はそれしかないような気がする。
 所属する業界紙のほうのコラム欄にも書いたのだが、今は占星学的に言うところの水瓶座の時代らしい。ちょうど太陽の方角にある星座の質が、その時期を特徴付けるという考え方である。古くはプラトンから、近世では心理学のほうのユングも唱えていた説のようだ。

 で、その水瓶座の性質だが、ズバリ、既存のルールや価値観からの自由だ。これまで、悪い意味で守ることを強いられてきたような暗黙の了解や、ソンタクなど気にすることはない。言ってみる、やってみるのだ。結果などもこだわらなくてもよい。

 例を挙げると。日本人の場合は特に、キレるのは幼児的だとか、頭が悪いとか言われる。もちろん、ところ構わずキレるのは、脳神経のキレてる人なのでまずいのだが、どうしても自分にとって主張すべき時は、堂々とキレてもいいのではないのだろうか。

気をつけるべきは、そのキレるほどの主張は、必ずしも斬新なものにこだわる必要はないということだ。というか、新しいものを主張しなければいけないというのも、固定された考え方だ。これに拘束されるのも本末転倒というわけだろう。

周知のように、日本では幕末の頃に唱えられたのが、尊皇攘夷思想だ。この思想は、当時の幕府主導の佐幕思想が蔓延するなかでは、キレた思想だ。だが、内容的には古色蒼然たるの極みであった。でも、それでいいのだ。一方、それから少し後には、福沢諭吉が天賦人権思想を語った。これは当時からみると全く新しいものだが、これはこれでいいのだろう。

つまり、こだわらずに己の欲するところに従い主張すべきは主張すればいいのだ。

写真用品の分野では、そういう広い意味でのキレキレの志向が見られて頼もしい。商品で言えば、まずは以前に取り上げたKANIのフィルターである。手頃で幅広い層を狙った商品がおおいなかで、角形をメインに置き、アドアマ層に絞っている。日本では逆に、まだまだ角形のような拘ったマーケットが未開拓なのだから面白そうだし、だいたい、このメーカーには信念を感じる。期待したい。

一方、企業そのものの動きとしては、ベルボンやハクバが、ある意味キレている。写真業界ではなく、雑貨や育児用品のほうに志向するのは新しい。本来の自分等のベーシックな部分を忘れないのであれば、何としてでも生き延びてやるという意欲は感じるし、フロンティアスピリッツは素晴らしい。これは先日の雑貨エキスポ(写真)でつくづく感じた。

まさに、KANIフィルターやベルボンとハクバはキレキレの存在、なのだ。

ところで、今回の雑貨エキスポでのお洒落なベルボンのブース作りは広報のマタサンがメインでやったらしい。。ボディビルで身体を鍛えたと思ったら、今度は女性受けするブース作りか。。1人だけモテまくろうという肚だな。ずるいなぁ、マタサン。

20170705_163924.jpg



ハクバのスタンド型台紙は日本文化に添ったアイテムだ

 日本の人々は、古くからオトシドコロというものを考えていたようだ。
 何か争いが起きる。これがどうしても曖昧にできないことであれば、もちろん徹底的に争い白黒はっきりつける。だが、世の中の多くは、争うほどでもないレベルのものが多い。さらには、そもそも争っても意味がないというケースもある。

 前者の場合は、単にお互いの個人なり団体の好き嫌いが絡んでるケースだ。この場合は、どうでもいいようなレベルのことでも気にさわり争いを始める。後者の場合は、自然現象なり宗教上なり信念上の論争なりがきっかけで起こる場合だ。これは、そもそも変えようがないことだから争っても意味がない。

こういう場合はどうするか。西洋諸国の場合は、それでも争いシロクロつける方向で行く。法律を持ち出し相応の決着ともする。なんだかんだとゆるがせにしないのだ。だが日本の場合は違う。一定のオトシドコロを持つのだ。

それが、幽霊や妖怪、あるいは前世からの因縁などのような仏教的なものだ。こういう割りきれないものが介在しているから仕方ない。お互いに程よくあきらめ円満に行こうということになる。逆に、この超自然的な事象が最近は信用されずにつかえなくなってきてから、個人間でも過激な争いが起きるようになったのではないだろうか。

ミスが多い秘書でも、前世からの宿縁、ご縁の人間と思えば、ハゲぇ、などと叫ぶ気持ちも出なかったかもしれない。

ところで写真用品である。先日のフォトネクストの会場でハクバブースに行ったところ、ちょっと面白い工夫を見た。立つ台紙、である。確かに、台紙で大事な写真をもらったら飾りたいと思うが。額など探すのも億劫になり、そのままというケースもある。これなら、もらってそのまま立たせられる。しかも手軽な感じだ。うまくオトシドコロを考えた商材なのだ。

まさに、ハクバのスタンド型台紙は日本文化に添ったアイテム、なのだ。

しかし、オトシドコロだよなぁ。。こちらなど酒場では財布とのオトシドコロの日々である。
20170621_123530.jpg

KPIの高級バッグ発売は素晴らしいチャレンジだ

 負け組と言うと、当然ながらマイナスイメージがある。だが、こちらはそうは思わない。
 むしろ、負け組だと堂々と言えるのは大したものだと思う。何故なら、少なくとも懸命に戦ったということだからだ。堂々と懸命に戦う。そのあとの結果など、運次第だ。大したものではない。それは批判する奴も居るだろう。だが、傍らで見てる奴の言うことなんぞ気にしなくていい。

 問題は戦いもしないケースだ。それでも、戦わないことを自己の弱さ、怠惰さと認識しニヒリズム的に居るなら、まだいい。最初から高み的な立場にたって無自覚に批判するのは最悪だと思う。

 だから、ともかく自分の手でやってみることなのだ。これは業界紙のほうのコラム欄にも書いたのだが、今の専修大学の前身である旧制専修学校を立ち上げた4人の若者がいる。彼らなど、まさに先が見えないのにチャレンジし戦った典型だろう。当時は何しろ、恐ろしいことに日本語で法律を学ぶ場がなかった。帝国大学は英語の授業だったし、司法省の学校はフランス語のみだった。日本人が受ける授業なのにだ。ちなみに帝国大学は、数学の講義もそうで。このために、あの正岡子規など中退してしまった。これでは、おかしい。当たり前のことを当たり前に考えて4人の海外留学帰りの若者らがチャレンジしたわけだ。この精神は凄い。

もっとも、彼らはたまたま今に残る学校を作れたのだが、同時期にチャレンジし創立された学校の中には、残らなかったところも多い。また、反骨のジャーナリストが作ったある学校などは、今に高校として残ったものの、いわゆるヤンチャ系の生徒が多く。別の意味で反骨精神を発揮してしまっている。

だが、どんな結果になろうと。戦ったということは重要なのだ。チャレンジだ。

ところで、写真用品である。KPIというプロ機材系の会社が、このほど一般的にも使えそうな高級バッグを発売する。これは、チャレンジだ。戦いを挑んだわけだ。マンフロットのフィルターといい評価できるだろう。

 まさに、KPIが発売する高級カメラバッグはチャレンジの象徴だ。

しかしチャレンジだよ。今回のフォトネクストだって批判も出てくるかもしれないが。少なくとも、ネクストを提案してもらう場を提供してるのだ。素晴らしいと思う。こちらも、いい加減、チャレンジしないとなぁ。

frankfurt.jpg

よしみカメラの忍者レフはレフ板の枠を超えたレフ板だ

 レッテル張りというのは、全く意味をなさないだろう。
 もはや、あらゆる概念は固定化できないのだ。いや、もともと固定したレッテルを貼れるというのは無理があったのだが。適当に安心したいがために、レッテルを貼るという作業を延々と繰り返していただけである。例えば、正義、ということを振りかざす人間は多い。が、日本で言えば戦国時代には、今ある正義などは意味のない概念だったはずだ。

もっとわかりやすい例を挙げよう。このほど、性犯罪についての改正刑法が成立したのだが、これまでの強姦罪の名称を強制性交罪に改め、加害者は男性、被害者は女性という規定を撤廃したのだ。つまり男でも強姦の被害者になるということ。これを法律が認めたことになる。こんなことは、一昔前の頭脳であれば、ついていけないことだろう。

まぁ、この事からも理解できるように。法律は堅苦しい固定的なものではなく、世の中の実情を汲むものであることもわかる。汲めない流動的な部分は、解釈の範囲で適用できたりする。法律は冷たいものではなく、面倒見の良いものだというレッテルを覆すイメージが成立する。

これは現代の事象にも当てはまる。某新聞社のコラムに、イクメンという言葉に関して、男は育児に参加しないという概念があるゆえの言葉、とあった。本来、家事育児などは夫婦で手が空いている方がタイムリーに行うべきだ。そんなことは男女同権の世の中では当たり前だ。それを女性の配偶者が行うという固定概念があるからレッテル張りの言葉が生まれて、それをネタに非難されたりする。馬鹿馬鹿しい限りだ。

そういう意味では、よしみカメラの忍者レフなどは、レフ板という概念を崩すようなレフ板だ。ともかく軽量でコンパクト。電車、バス、飛行機などのガラス越しの撮影にも最適だ。

まさに忍者レフはレフ板の枠を超えたレフ板だ

しかし、よしみカメラさんの商品名のネーミングはいいなぁ。型番だけのパターンが多い用品メーカーも見習うべきだろうなぁ。

忍者レフ低解像度.jpg



前の10件 | -