So-net無料ブログ作成

ケンコー・トキナーのスナップズームは幕末の坂本龍馬のような存在だ

  人と人とをつなぐ・・。こんなことを商売にしている人間も多い。それ自体は悪いことではない。だいたい、最初は誰かの紹介で知り合ったりするパターンが多いので、そのもとを創るのだから良いことなのかもしれないのだ。もっとも、それ自体でぼろ儲けを考えているのならどうかと思うが。。

 ただし、そういう結びつける役目の人間というのは、本来は全然目立たないものである。試みとして考えてみればいい。今、知り合いのうち何人くらいが、誰に紹介されて付き合いだしたか覚えているだろうか。

 SZ_front (320x213).jpg今の大河ドラマだと、主人公の杉文は人と人とをつなぐ存在だという設定になっている。もちろん、あれは脚色だ。本来は、松下村塾で久坂も高杉晋作も知り合っただけだろう。そういえば、今人気のお笑いコンビの二人も、ある人物から紹介されて知り合ったという話を聞いたことがある。もちろん、その仲介者は全然目立たない一般人であった。

 もっとも、その人と人とをつなぐ存在で、名が知れた人間もいる。典型的なのが坂本龍馬だろう。自由人として、様々な方面に顔を出していた彼は、人と人とをつないだり、物資のやりとりの橋渡しをするというのを業としていた。これを効果的に行い、薩摩と長州という犬猿の仲の二つの藩にタッグを組ませたのだ。

 写真用品でも、そういった製品がある。最近のでは、ケンコー・トキナーのスナップズームなんか、まさにそういう商品だろう。スマホと双眼鏡といったように、およそ普段は結びかなさそうな存在を、うまく組み合わせるためのアダプターの様な機器である。しかも、結構、発売以来認知が広がりつつあるのだ。

 まさに、ケンコー・トキナーのスナップズームは幕末の坂本龍馬のような機能の用品、なのだ。

 しかし、本当にそうだよなぁ。。結びつけてくれたのは忘れるものだ。今の行きつけの酒場だって、誰かの紹介で行ったような気がするのだが、その相手のことなど全く忘れてしまった。。

山田屋写真用品の帆布インナーケースはカメラを持つ楽しみを倍加させる用品だ

  昔の武士。。もののふ、という言い方をしようか。彼らの美学というのは独特のものがあったようだ。

  いつ死んでも後悔しないようにと、常に新しい衣服に身を包んでいたというのは、当時ではともかく今の常識から考えるとピンとはこない。が、ちょっと驚かされたのは、常日頃の態度である。即ち、自宅を出る前には、横を向いたり前を向いたりして、少しでも身だしなみに気を付けないといけない。ただし、一度外に出たら、そのようなことは全く考えずに一心不乱に戦え、という訓えである。

 山田さん.jpgそういえば、木村重成という若武者は、兜に香をたきこめていたという。戦場で万一命を落し、首を斬られることになっても、兜からほのかの好い香りを漂わせるためにである。何ともいえない。

 別に、無理に良いものを身につけろとか、高いものを常に用意しろという事ではない。あまり、収入がないなら、それなりに美学を持った装いができるはずだ。

 SF作家の故星新一の父親は、星一という実業家であったが、彼は若くてまだ余裕のないころには、夏場でも冬場のスーツを着て仕事をしていたという。二着くらいだったのかな。それを使い回ししているのだから、そのストライプの部分は色あせてきており、ちょっと酷い状態だったという。だが、よく見ると、ボタンは取れそうになったら、きっちりと付け替えているし、破れなどはすぐに修繕していた。さらに、洗濯はきちんとしていたので、みすぼらしい感じはしなかったという。

 そういえば、家族が多いため、服装に金をかけられなかった知人は、洗えるスラックスと、ノーアイロンのワイシャツであったが、常に清潔にしており、何かかえって爽やかな印象であった。

 真のお洒落とは、身だしなみに費用をかけるといったような表面的なものではない。もっと、内面的なものなのではないだろうか。

 ところで、写真用品である。山田屋写真用品から、こんな真のお洒落を体現したような商品がある。帆布インナーケースである。インナーケースというと、今までは外から見えないということもあって、あまり重視されていなかった。だが、そんなことはダメだ、という発想。保管ケースとしての存在も考えて、ファッション性や堅牢性も考えて創りだした。カラーバージョンもそろえている。これなら、カメラを持っているという楽しみを後押ししそうだ。

 まさに、山田屋写真用品の帆布インナーケースはカメラを持つ楽しみを倍加させるケース、なのだ。

 しかし・・本当に美学だよなぁ。。でも、その頃ってつまらないことをあれこれ考えないで、シンプルだったんだろうなぁ。いかに精一杯生きて、あとくされなく死ぬ、かだ。こんな法則って、意外に難しいのだが。。

マンフロットのスライダーは自分たちの強みに着目した新製品だ

 不適性検査というのがある。文字通りに、適性ではなく、不適性をみるためのものである。つまり、その人間がすぐに仕事を投げ出したりしないかということを見るのである。

 これは意外に採用する企業が出そうだが。正直に言うと、何か嫌な感じのする検査である。というのも、この検査は、能力試験でもなんでもない。だから、努力したからって良い評価が得られるものではないだろう。ということは、もって生まれた指数ということだ。そうなると、一度×がついたら、ずっと×だ。絶望的な話である。

 Slider100502Head.jpgそもそも、人には多様な面があるはずだ。確かに、サラリーマンに向かない人間もいるだろう。だが、そういうタイプは起業家に向いていたりする。だからといって、そういうタイプは営業マンとしては企業内にいても活躍しそうなのだ。。人のネガティブさに目をつけるよりは、良さに目をつけたほうがいいだろう。まぁ、よく言われることだが。

 教育だって、そこが重要なのではないか。例えば、幕末期の最大の教育者といえば吉田松蔭だと思うのだが、彼の特徴は、弟子の長所に着目しているところだ。性格がよければ性格を、もちろん能力的なものが優れていれば能力を褒める。例えば、伊藤博文という人物は、むろん劣った人間ではないが、どうしたって優れた長所も見当たらないのだが、ともかく融通だけは利く人間であった。なので、松陰は「周旋の才あり」と褒める。周旋すなわち、政治家の才能ということだ。どこかしら見つける。

 だいたい、人間なんて欠点をみていても、何も始まらない。相手の長所をみたほうが、その後の付き合いも違うものになりそうだ。ありていに言うと、メリットというやつである。これがわかれば、割と納得できる。メリットというと、何か嫌なものになりそうだが、例えば、この人だと何でも知っているから教えてもらえる。この人だと話すと明るい気分になるからいい、とか。そういうことだ。他で嫌な面がめについても、これがあると付き合えたりする。

 ところで、この常にプラスを追求したという事でいえば、写真用品の老舗のブランドメーカーが実践してくれた。マンフロットである。スライダーを発売したのである。もっとも、正直遅い感はある。多くの競合メーカーがひしめいているからだ。だが、その一見マイナスの中で、マンフロットの場合は、ベアリングの部分に工夫を凝らすなど、他者とは違う面を強調。なによりも、これにより脚から雲台からスライダーとオールセットで揃えられるということを訴えたのだ。もちろん、キットの製品も発売する。マイナスの状況の中で、自分らのメリットの面に着目して打ち出す。大したものだ。

 まさに、マンフロットのスライダーは競合ひしめく中で独自の強みを打ち出した製品、なのだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。不適性検査などされたら、こちらなどはよく言えば、独立自営向き、悪くいえばサラリーマン失格とばれてしまう。まぁ、それも人間、これも人間なんだけどね。。  
 

ベルボンがミラー三脚を取り扱うのは古き皮袋に新しい酒を注ぐような意義ある決断だ

 宇宙戦艦ヤマトという漫画およびアニメがある。と、わざわざ書くのが馬鹿げているようなメジャー作品である。この作品の内容や魅力などについて、特にファンでもない私には語る資格はない。が、それでも敢えていわせていただくが、この魅力のひとつは、タイトルからもわかるとおりに、古いものの外観に新しいメカニズムを組み込んでいるというモノやストーリーだろう。かの戦艦大和の外観に、それこそ宇宙戦艦としてのシステム、さらには宇宙と海とを同じくして戦いながら進んでいくという戦記物の流れだろう。

 そういえば、人気漫画の「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で最新のメカニズムを取り入れているものの、外観はレトロな旧家風の家に住んでいる登場人物がいるが、この部分にも妙に惹かれるのは古い外観と新たなメカニズムの取り合わせを感じるからだろう。

 古き皮袋に新しき酒を盛るか。。これは、どこの世界でも重要だろう。何故なら、なんだかんだといっても、人は保守的だからだ。なかなか自分の知見を変えたがらない。そういう人間の本性に対して安心感を与えるからだ。そうして保守派を納得させたところで、内容は次代に合わせて変えてしまう。当然に革新派も歓迎する。すべてが丸く収まるのだ。

 3005 System AIR CF2 (2).jpg江戸後期の有名な千葉周作にしても、その手法を用いて自派の剣術を広めた。というのも、彼は、もともとは中西派一刀流というメジャーな流派を学んでおり、そのブランドは常に持っていた。だが、そこの外観に自身の工夫を入れた北辰一刀流を開眼。さらに、それまでは奥義だの奥伝など面倒臭く入門料もわかりずらかったが、そのあたりも一新。上達段階の過程をクリアにして、その分、費用の透明度も高めた。これは、画期的だった。さらにいえば、現金掛け値なしの商売をした三井高利だってそうだ。古くからある呉服屋という業種に端切れでも売るが、現金だという明確な指針を取り入れたのである。

 こういう意味では、今度販売を開始したミラー三脚の取り扱いをベルボンが始めたことは意義深いことだろう。知っての通りに、ミラーと言えば、押しも押されぬ老舗のメーカーであり、国内外でブランドを確立している。メインとなる放送業界では知らない人はいないだろう。これまで、KPIが扱っていたのだが、事情があってベルボンが扱うことになった。ベルボンでは、持ち前の開発力と営業力を活かして、放送業界以外の動画関連のプロショップやアドアマが集まるカメラ専門店などにも拡販を考えているようだ。しかも、両社の技術提携により、ベルボンブランドでの動画用の新機材も生まれそうだ。今後に期待できそうだ。

 まさに、ベルボンが取り扱うミラー三脚は古い皮袋に新しい酒を注ぐ味わいのある売れ行きが期待できる、のだ。

 しかし、本当にそうだよなぁ。遥か昔の高校生の頃に、新聞販売店を営む友達の家にいったら、ボロボロでむさい感じの大学生に遭遇したことがあった。その学生の様子を見て、妙な安心感をもったのだ。古くからの苦学生というやつだなぁと。だが、何かのきっかけで彼が流暢な英語を話すのを聞いた。そのギャップの衝撃は忘れられなかったのだ。かえって、その学生を尊敬していた。。慣れているものに新たな概念が加わると、かくに効果的なのだ。ベルボンの又さんが実は、西島英俊並みの肉体であったと知ったら、皆が尊敬するだろう。。おっと、これはオフレコの話だった・・。