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オムニバスは現場生活者の視点を大事にする機材メーカーなのだ

 歴史が好きなので、過去の人物に注目することがある。その中には驚くほど、自分と志向が似ている人物がいることがある。

 オムニバス (320x320).jpgもっとも、まがりなりにも歴史に名を残すのだから、先方のほうが頭脳も胆力も優れているに決まっている。なので、あくまで自分のあるべき方向に進んだ、自分より優れた先人という感覚である。

 その典型的な人物が新居格である。ジャーナリストであり、政治家でもあった彼は、アナーキズムの思想の持ち主と思われているが、そういうくくりではまとめられるような人物ではない。何よりも、彼の思想の根本は、思想そのものではない。様々な各人の思想を自由に表明する権利を守りたい、というものであった。

 また、自らを生活者と位置付けてもいる。生活の最前線の立場にたっている人間ということ。彼は、漁業や農業従事者や、さらには文筆業である自分をそういう立場に置いている。知識人やエリートや中産階級ではなく、市井人として明確に位置づけたわけである。後年は、公選制になって初の杉並区長になったのだが、少なくても杉並区をワイマール共和国のような、公平な国のようにしようと考えていたのである。どんな思想でもいい。少なくても、それらを正当に発言できる権利が守られている自由な国のようにしたかったのである。

 もっとも、あまりにも性急で理想すぎたのだろうか。その計画はうまくいかなくて、彼は結局退任することになってしまうのだが。それもまた、人間臭くていい。

 最初に書いたように、もちろんこちらは新居格のような立派さはない。だが、少なくても、市井にまみれて向き合うという意味での生活者としての視点と、どんな考えでも人の思想を正当に発言する権利は守りたいということは気を付けるようにしている。

 ちょっと、業界のことに話が移る。全日本材料商組合連合会という組織がある。要は、街の写真店さんの集まりの会である。昔は、かなりの力もあり数も多かった団体だが、紆余曲折を得て、昔ほどの勢いはない。とはいっても、全国規模の組織だし今は1100人以上の会員はいる。そのトップである全連会長というのに、今回は珍しく、都内で奥様と地道にショップ運営を行っている店の社長が就任した。これまで、比較的規模の大きい店の経営者としては一線を退いている方々が就任したので、それに比べると異色だ。正直、業界内のメーカーへの知名度も少ない。実際に、会長決定後にこちらが訪れたフォトネクストの会場では、出展社の関係者でも知らない人も多かった。

 だが、である。少なくとも、こちらは歓迎したい。それは、今まで書いてきたように、写真店の集まりである組合のトップとして、一番現場に近い日々を送っているし、何よりも生活者の視点がもてるからである。是非、期待したい。

 ところで、写真用品である。今回のフォトネクストでは、様々な機材メーカーが出展していたのだが、もっとも注目したのが新規出展のオムニバスである。プロ機材ドットコムから独立したという同社の社長は、現役のカメラマンであり、その視点にたって常に手の届く価格帯だが非常に質の良い商材を提供するという指針を貫いている。ドイツ製のモノブロックストロボなど実に素晴らしい商材をたくさん持っているのである。

 まさに、オムニバスは現場の生活者の視点に立った機材メーカー、なのだ。

 本当に生活者だよなぁ。。カッコつけてても生活だ。つまり、いちいち設定するのは面倒なのだが、二人でも飲み放題ができるなら、敢えて行うべきだ。。

エー・パワーのデジタルホルガレンズセットは未来に向かって逆噴射して生き残るための品だ

 自分の軸足みたいなものは常に思い出しておいた方がいい。

 人は環境の変化に弱い。いや、生物全般そうだと言えるのかもしれない。進化の過程を見るとわかるが、大概の生物は環境の変化に耐えられなくて絶滅している。逆に、その中で耐えられた一部の生物だけが生き残って進化を遂げていくのだ。

 では、その環境の変化に耐えて変化させていく生物と、そうでなかった生物の差とは何だろうか。意識したわけであるまいし、能力的に劣っているということは、そう大きなものではないだろう。もちろん、このあたりは専門の研究者の意見があるところだろう。が、個人的には、いくらかの偶然と、何よりも生き延びたいという潜在意識の問題であると思う。

 ホルガ.jpg生き延びたい。。これは、生物全般の欲求であり、根本だろう。これが強いか弱いかが未来を決める。

 まぁ、これは根本的なところだが、この原理は現代社会の起業家たちにもあてはまると思う。

 ここのところ、業界内の起業家たちを改めて取材しているのだが、彼らのうち、まがりなりにも年数を経ても生き残っていく企業の共通点として、自分の創業時の軸足みたいなものを常にどこか残しているということだ。それを忘れずに、逆にそれを守ることを前提に、様々な生き残り策を展開していくのだ。

 特に、その色合いを強く感じたのが、エー・パワーである。周知のように、ここは『未来に逆噴射』を社是に、デジタル時代の中で、アナログフィルム商材だけの取り扱いを標榜。創業当時は、トイカメラブームに乗って売り上げを順調に伸ばした。ドクターアンドーの名前は業界でも知られ渡った。が、そのうちトイカメラブームが落ち着くとともに減速。やや苦しい状況に陥ったのだが、そこからまた徐々に回復。ここ数年は、売り上げを伸ばしている。

 このエー・パワーの強さは、フィルムカメラにこだわるという軸足はぶれずに大事にしつつ、それを守るために周辺部分では非常に柔軟に展開しているところだ。まず、デジタルはやらないが、ホルガデジタルというデジタルカメラのためのレンズアダプターやレンズは、既存のトイカメラレンズが活用できるからと積極的に提案。これが結果としてデジタルユーザーに評価された。さらに、フィルムカメラの周辺用品として、チェキの速写ケースにはこだわった。硬派なイメージとは裏腹に、女子に好かれそうな色のものなども提案しているのだ。眼科医向けの眼底撮影用フィルムも積極的にルート開拓して販売している。二眼のチェキカメラなんかも、早めに手がけている。硬派な部分と、柔軟な部分はバランスよく手掛けているのである。

 まさに、エー・パワーのデジタルホルガレンズセットは未来に逆噴射して生き残るための商材、なのだ。

 しかし・・これは、人の生き方にもいえるよなぁ。よく人間は、すぐに自分ではない何者かになりたいと願うことがある。若い時は特にそうだ。だが、そういう場合は常に安定がない。試行錯誤の結果、疲れ果てる。だが、自分の軸足はこれだ、という原点に立ち返ってみると、少なくても安心が出てくる。あとは、それを活かすために柔軟に工夫していく。そういう人間こそ、結構活き活きしているような気がするのだ。まぁ、こちらの原点は安酒場なのだが。。

TOKYO TRADINGのスイミングフライストラップは独自のパワーをもっているのだ

  現代社会において絶対的に強い立場というのは、どういう状態を言うのだろうか。

 これは、別に肉体的なものを言うのでもないし、表面的な身分をということではない。例えば、会社では絶対的に威張りまくっている部長なり重役だって、外でその組織以外の人間とあえば、ただのオッサンということになる。飲み屋で問題行動でもおこしたら、怒鳴られることもあるだろう。

 要は、そういうものから超越している存在は何かという事だ。

 これは、現在の日本が法治国家であるところから、推論することができる。まずは、この法の埒外の人間であるということ。もっとも、これは通常の国民である以上は無理だ。では、その法律内で超越的な立場は何か。

 やはり、未成年か心神喪失の状態の人間だろう。

 もっとも、未成年は自分のした行為も確かに取り消すことが可能だが、そもそも社会で信用されないのだから、完全にフェアな状況の中で独立したとは言えない。そう考えると、やはり心神喪失の状態だろう。ただし、これも、完全に心神喪失なら本人自身も、そういう肉体の状態下にあるので、自由に超越した存在とはなりえないだろう。

 SFN-055(1) (320x320).jpgなので、極めて普段は通常の成人が心神喪失状態ほどではないが、心神耗弱くらいの状態であるのが超越した状態なのかもしれない。法治国家としては、罰しにくい状態だ。そうなると、この状態とはどういうものか。それは、泥酔した成人ということになる。が、これは自ら、わざと泥酔状態を作り出して、大声でわめいたりしてもダメだ。自分がそういう状態にしたのだから故意が感じられる。

 そうなると、普段は割と呑んで酔っ払う人間が、酔って大声でわめいて酒場で迷惑をかけた状態が、一番法的には罰しにくいという事にならないだろうか。店側が警察に突き出したところで、泥酔状態であり、一時的に心神耗弱である。しかも、普段からそうなのだからわめいて大騒ぎするために寄ったわけでもないから故意でもない。

 そう、酔っ払いオヤジこそ、天下の超越者ということになる。

 と、ここまで考えて、さらに突き詰めてみた。この欄でも前回書いたが、酔っぱらうという事は、とりもなおさず、自分を抑制していたものが外れる状態になること。即ち、ある意味自分に還るということだ。この自分に還った状態こそ、世の中で超越して突き進めるものであり、最も強いものではないか。

 これを、企業の指針にあてはめるとどうなるか。商社系の企業の場合は、取扱商品であれば相手先との契約もあり、様々な縛りが来る。自由に売るわけにもいかないし、払いもある。だが、自社の完全ブランドであれば、その場合は自由にできる。価格も好きにして良い。要は、自分に還った究極のパワーを身に着けている状態の製品ということになるのだ。

 ところで、写真用品である。トーキョートレーディングという会社がある。スイミングフライというストラップのブランド品を出しており、これは完全な自社ブランドだ。この会社は写真ルートにも雑貨ルートにも、独自の商材を提供し売り上げを作っているが、このスイミングフライだけは一貫して自社ブランドとして展開している。そのせいか、非常に根強く売れているのだ。

 まさに、トーキョートレーディングのスイミングフライストラップは自分に還ったパワーをもっている、のだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。泥酔すれば、強くなる。。。って、これではただの絡み酒のオヤジだ。やはり、呑みすぎで強くなっても、それは仮の姿である。後で、後悔の日々を送るのがせきのやまだから、気を付けるべきではないだろうか。 

ズーキンのカメラバッグは自分を貫いた品なのだ

  弱い犬ほどよく吠える、という。もっとも、これは字面だけみても意味はなさない。

 少し考えればわかるが、犬そのものは弱かろうが強かろうが吠えるからだ。吠えないとしたら、それは飼い主なりのしつけの賜物であり、強さとは関係ない。盲導犬は徹底して訓練を受けているので、無駄吠えはしない。が、別に闘犬として優れているわけではない。

 もちろん、これは人間への比喩の言葉である。弱い人間ほど、居丈高にして自分を強く見せることをする、ということだ。で、この文に関して言えば、個人的には非常に思い当たる節がある。

 yowie_brown_b (320x320).jpgもっとも、その良く吠える弱い犬ぶりが前面に出る様な状態であれば、社会生活もスムーズにいかない。だから、普段は良く吠える部分は自制して、大人しい『弱い犬』であるように努力している。だが、その自制も泥酔したりしてはずれてしまうと、コントロールができなくなる。良く吠える弱い犬が出てしまうのだ。こうなると拙い。もともと、意志が弱いので自己コントロールができないのだから、何かのきっかけで超法規的な行動に出てしまったりする危険性を孕む。学生の頃に親しい友人から指摘されて、注意を促されたこともある。それ以来、前述のように、大人しい弱犬であろうと努めており、何とか今までは無事に社会生活を送れるようになっている。今でも、その友人に会うと心では感謝し、呑み代は多めに出すようにしている。アイドルオタクになった彼の話す話は、乃木坂だろうが神楽坂だろうが、地上といえども地下といえども何でも聴くようにしている。

 ちなみに。そういう弱い犬の立場から見ると、強い犬というのはどういうタイプだろうかと考えてみたところ、何人かの例が浮かんだ。

 まずは新選組の永倉新八だ。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼だが、当時としても身長が低かった。なので、酒場などでは泥酔した客からからまれたりしたという。通常だったら、無礼な、と抜き打ちをするところだが。彼は、ニコニコ笑っていたという。もともと、強いのから居丈高になって強ぶる必要などないのだ。また卑近な例でいうと、写真・カメラの業界でも強い人というのは、だいたい腰が低い。ただし、強さが透けて見えるので、かえって畏怖してしまうのだが。もっといえば、これはいわゆる、頭の良さについても言える。所属している業界紙にバイトに来ている東大生らは、決して頭の良さをひけらかさない。当たり前だ。そんなことしなくても、在籍校を聞いただけで人は知的水準の高さを認める。いい悪いはともかく、少なくとも物事を記憶して、それをベースにした応用的知識で、目前の課題に取り組むという流れの作業レベルは高いのだ。さらに言うと、お笑いコンビのオードリーの若林氏は、相方の春日氏に関して。自分に自信があるから常に自然体でいられる、と評していたが。そういうものだ。

 もっとも、弱い犬精神そのものは仕方がない。本欄でもすでに書いたが、自分の資質時代は変えられないのだ。あとは、これを変に居丈高になって吠えて隠すようなことをしないことだ。山本周五郎の「ひとごろし」に出てくる主人公のように、堂々たる弱い犬になることが重要だ。

 ところで写真用品である。自分が強いゆえに隠さないで自然体で貫いているバッグブランドがある。ZKIN(ズーキン)のカメラバッグである。革とナイロンで作られたバックパックが人気だ。口の部分が袋のようになっているのもいい。利便性もしっかりと追及しているのだ。そういうバッグなので、価格も7万円近くといい値段だ。それでも、置くと売れる。メーカー側も価格を下げる気もなさそうだ。堂々と、強者を貫いている。

まさに、ズーキンのカメラバッグは自然体な強者ぶりを貫いたバッグ、なのだ。

 ところで、さっき書いたバイトの東大生の話だが。彼らの話を聞くと、親も裕福だということが理解できた。それはそうだろうなぁ。東大そのものは国立大学なので学費は安いが、入るまでに相当、教育にお金をかけただろうから。このように、富裕な層の子供はお金をかけて、少なくともそれなりの企業に就職し、それなりの高水準の給与を得る。。結局、富裕の循環ではないか。。困ったものだ。せいぜい、こちらは少し飲み屋のランクをあげることにしよう。中級酒場で呑む子孫の連鎖を創るのだ!