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ライカM10は永年のライカの歴史を体現した王道を行くカメラなのだ

 どうしても敵わないなぁと思う相手がいる。いや、何も特定するつもりはない。特定するのなら、数えるだけ馬鹿馬鹿しい。もっとも能力的な面など目に見える部分で敵わなくても、あまり気にならない。単に能力の出し方の違いだと思うからだ。

 問題は、生き方の根本を見せられたときのことだ。何が驚嘆するといって、地道にコツコツと積み上げてきた人や組織には無条件で兜を脱ぐ。もちろん、見ていて息が詰まりそうになるが、最大限の敬意は払う気になる。ひとつひとつのステップを大切に。ゼロから一歩一歩と積み上げてきた動きには、畏れを感じてしまう。ヤクザあがりの作家の安部譲二氏が、コツコツと満員電車に乗り生活を積み上げていく『サラリーマン』という人種をつくづく見るようになって『尊敬の念を通り越して畏れを感じた』と言っていた。その気持ちが何となくわかる。

 Leica-M10-with-Protector.jpgこれが、例えば勢いだけで乗り切ろうとする動きとか、斜めからの目線で斬りこもうとかいうのであれば、あまり敬服しない。自分にもそういう要素があるからだ。

 だが、コツコツ型は違う。何度も書くが、こういうのには敬服する。そもそも、このコツコツ積み上げる姿勢こそ、今の世界を創ったと思うからだ。

 具体的に言えば、人類の発展だ。そもそも、今の陸上の生物というのは水中から上がってきたわけなのだが、その際に何度、少し浅瀬の陸地で飛び跳ねようとしただろうか。少しずつチャレンジして、地道な飛び跳ねを経験したうえで、トータルでやっと水たまりくらいで暮らせるようになった。さらに発展して、そこから何度も地道に経験を重ねて、ヒレを足や手に進化させた。さらに、樹の上で生活し、砂漠化が進み、そこから平原に仕方なく降りてきて二本足歩行を少しずつ繰り返してきた。この地味な積み重ねで、少しずつ脳機能を活性化させて霊長類たる人類に進化していった。

 この根本は、地道な努力の積み重ねだ。一歩は小さくても、いつのまにか積み上げてきたら非凡な存在になったというわけだ。

 こちらだったら、そうはできない。途中で面倒になり、一足飛びに空を飛んでいけないかなどと考えてしまいそうだ。あるいは、何故、わざわざ過酷な陸地にあがるのかと水でじっとしてシーラカンスのようになったかもしれない。また卑近な例であげれば、こういった写真関連のブログについても言える。こちらはテキトーな人間なので、こういう変則的というか、写真を語らない写真用品ブログになってしまっているが、正統派の写真関連のブログには全く頭が下がっている。これらのブログの多くは、地道に作例を撮り、検証を重ねて記事をまとめている。自分には無理だし努力しても真似できないが、ともかく最大限の敬意は払いたい。

 ところで写真用品である。というか、たまにはカメラを登場させる。1月28日にライカがM10というレンジファインダー式のカメラを発売する。独自のセンサーを搭載しており、コントラストやシャープネスの部分など優れた仕上がりが得られるように配慮されている。操作性も抜群である。Wi-Fi機能もあるので、スマホなどへも対応できる。その割には、無駄な部分は排除されており、全体のボディはスリムである。さすが、ライカといったところ。だが、これらの充実した性能の裏には、ライカ社の長い歴史の中で育んできた地道な努力の結果が体現されている。まさに伝統であり王道をいくカメラだ。

 ライカM10は永い歴史の積み重ねで非凡な結果を生んだ王道のカメラ、なのだ。

 しかし・・本当に王道は凄いよなぁ。。なんでも地道にコツコツだ。そういえば、中年世代以上しかわからないと思うが、かつて、やすしきよし、という王道の漫才コンビが君臨していたが、そのきよしのほうの口癖が、確か『小さなことからコツコツと』だったと思う。彼は、そのコツコツで国会議員のセンセイにまでなった。コツコツは強いよなぁ・・。

3iのレンズクリーナーは刮目すべき進化のあるクリーナーなのだ

 久しぶりに会うと、その成長ぶりに驚かされる場合がある。

 いや、子供やペット、植物の類の話ではない。大人でも、日々精神的に変化して躍進ぶりに驚かされることがあるのだ。これは、見た目の問題ではない。ちょっと話せば中身が変化したのが一目瞭然なのだ。また、逆のパターンもある。学生時代は、大人の雰囲気があった友人が、中年以降久しぶりに再会して話してみると、案外、つまらない人間になっていたりする。

 この差はどこにあるのだろうか。いや、成長する人物というのはどういう行動の軌跡をとっているのだろうか。ある典型的な人物の例をあげる。

 ccs-001.jpgその人物は、やや裕福な家に生まれた。生活の苦労はなかった。が、当時の世間は頑として壁のようなものがあり、その人物自身の出自ではどうしたって偉い地位は得られなかった。そのため、取り敢えず、その人物は一応の武術を身につけた。取り敢えず、誰でも習う機会があるものだ。それで習熟した。その後に、その人物は田舎から都会に出た。都会で、多くの人々が集まる場所に出入りして、誰彼構わず積極的に話しかけるようにした。人脈を広げていったのである。その後に、その人脈の伝で、ちょっとした政界の大物というか論客と知り合った。その大物はさらに大物の人脈を持っていた。そのため、その人物は大物の傍らに常に居ることにした。すると、当然に大物の仲間とも顔見知りになる。そこで、推薦の機会を得て政府系の新組織の中で役職を得ることになった。今後は培った自分の人脈を使って、人を集めるということを意識的に行った。その後に、その集まった人たちと、自身の知り合った大物ネットワークの縁を頼りに独立。人脈をフルに活かして、コンサルタントのようなことを始めた。このコンサルタント業が軌道にのり、とてつもない事業を成すことができた。その人物の名前はいつの間にか後世の歴史に残った。。名前は坂本龍馬という。

 まぁ、こんな具合だ。最後を見ると、坂本龍馬だからこそできたと思う人は多いだろうが。彼はともかく、何もないところからでも、人脈作りというのをコツコツと行ってきた。それゆえに、いつの間にか偉人とも言われる大物になった。彼のことを子供の頃から知っている土佐の地元の老人たちは、京都での彼の令名を聞き、その変貌ぶりに驚いたという。あの、ボンヤリした坊ちゃんが、というわけである。

 自分のできることをやったこと、ともかく行動してみたこと。彼の成長と変化はこれに尽きる。

 今の世の中、意外に慎重で保守的な風潮は根強い。だが、ともかく目に付いたことをやってみること。これしか、アクションはないはずだ。その一歩はどんな地味なことでもいい。変化するためには、ともかく『やること』だ。

 ところで写真用品である。3iというストラップやレンズクリーナー、最近ではフィルム販売をしている会社がある。一見、小物を扱っているので地味な雰囲気もしないでもないが、実は常に変化している。その象徴が、クリーナーだろう。同じ容器で気がつかなかったが、発売から5年となる昨年、中身の液体をパワーアップさせたものに入れ替えている。器はそのままだが、ともかく前向きに変化をさせたのである。結果、わかる人にはわかるようで、ここのクリーナーの評判はさらに高まっている。

 まさに、3iのレンズクリーナーは男子三日会わざれば刮目してみよの進化する製品なのだ

 しかし・・本当にそうだよなぁ。。新年に親戚と呑んだのだが、まだ子供だと思っていた甥っ子が、大酒飲みになっていた。おまけに、こちらが楽しみにしていた洋酒の瓶まで空けやがった。。刮目してみたくない事態だった!

今年の写真屋さんは絶対無二の存在でばく進しそうだ

 曹洞宗の名僧と言われた澤木興道師の言葉は実に奥深く面白い。非常にわかりやすいのだ。

 20161213_111538.jpgそのなかで、とりわけ印象的だったのは。人間のあり方を身体の部位に例えた言葉である。すなわち、目は目であり、鼻は鼻である。いくら目が威張っていても、鼻の機能を代われる訳がない。鼻は鼻で頑として存在する。これは心臓と胃でも同じ関係だ。要は、それぞれが絶対無二の存在であり、優劣などない。人が人と比べることも同様で。なんと愚かなことか。

なるほど。これは充分に納得できる。それぞれ個人が自分のなかでは無二であり、外での人工的な価値観での比較は意味をなさない。あんたも大将、俺も大将というわけだ。

こういう考えで行くと、現在の写真業界において、縛られずに、俺は大将と言えるのは写真店だと思う。しかも個店のだ。年始早々に店を回ってみたのだが、その写真屋さんが非常に活況であった。ポストカードも意外に良く、プリントも良かった。今後も就活やマイナンバーカード関連の証明写真びじねすで見通しも明るそうだ。もっとも油断もしてなくて、台紙などの小物の拡販も虎視眈々と狙っている。野武士の大将的な強さを感じた。

まさに、写真小売店は禅と戦を極めた存在である、のだ。

しかし、本当にそうだよなぁ。特に今年の写真屋さんは天下堂々という感じだ[exclamation] 今年も注目していきたい。