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ミーナの写ルンです革ケースは売れる理由が証明しやすい商品だ

 意外と当たり前のことを見落としがちだったりする。

 ここのところ、酒場で自分より下の年代の人間たちから仕事に関する相談を受けることがある。いや、別にこちらなどを頼りにしているわけではない。誰でもいいから相談したかったのだろう。というのも、話の内容をよくよく聞いてみると、転職を思いとどまらせて欲しいという要望が感じられるからだ。つまり、今の職場に不満だらけなので、何とか逃げ口を見つけたい。だが、実は転職する覚悟はない。そこで、取り敢えず同じ酒場でよく安酒を呑んでいるオジサンに転職を反対されて考えを変えるという図式をとりたいのだろう。よく背中を押す、というが、背中を引っ張って欲しいのだ。

 これは、だが人間のどうしようもない真理だろう。だいたい、ある行動に出る人間というのは、いちいち人に相談したりしないですぐに実行するだろう。相談するとしたら、実行しながらの方法論に関して意見を求めるという感じだ。なので、相談するというのは本当は実行したくないのだ。それを肯定して欲しいので相談ということになる。

 170406-80050-038-2.jpgもちろん、これは意識的にではない。無意識のうちについつい行ってしまうのだ。だが、こういった心理の深いところまでは人は考えない。シンプルに考えればわかる当たり前のことを、自己防衛のために見落としがちなのである。逆に考えれば、結構シンプルに考えたら人は、良い選択ができるのではないかと思う。

 こういった形でシンプルに考えると、ミーナーが発売している写ルンです革ケースが売れるのは理解できる。日常的に楽しめる撮影道具なら、なるべくお洒落にして持ちたいということだ。で、販売店のほうから考えると、これをお客に売れば、その客は何回も写ルンですを買い換えてくれるだろう、と予想がつく。なにせ、せっかくケースを買ったなら、一回で終わらせるのはもったいないからだ。なので、顧客に積極的に勧める商材として認識しPR。これにより、客も店員も双方ともに、ケースの売上に寄与する結果になるのだ。さすがミーナ。目の付け所が違うのだ。

 まさに、ミーナの写ルンです革ケースが売れるのは自然に証明できるのだ

 しかし・・本当にそうだよなぁ。。当たり前のことというのを人は忘れていると思う。酒場では、ビールから入り焼酎、日本酒と続くのが当たり前ということだ。そちらの日常も個人的に遵守したい。

 そうそう。来週号は連休週間ということで、本欄は休むかもしれません。気が向いたら休まないかもしれませんが。。よろしくお願いいたします。

ケンコー・トキナーのアオスタ新バッグは足利尊氏のような根強い支持を集めそうだ

物事は、イチから作り上げていくというのは非常に難しいものだ。だが、場合によってはそれ以上に、現在ある形態を変化させて状況に適合させていくほうが大変なこともある。

 その例のひとつが、我が国の中世のバタバタである。

 鎌倉幕府が崩壊後に、理想に燃えて国を建て直そうとしたのが後醍醐帝である。その発足に至るまでは、実に素晴らしかった。これまでの鎌倉幕府というか、北条家の独裁的なやり方に反発する様々な豪族や貴族を巻き込んで新たな国造りをしようとした。建武の親政というやつである。だが、やはり帝であった。どうしても、貴族中心の政治ということでいくことになった。これは、ある意味斬新ではあった。源頼朝および支援する関東の地方武士らが、貴族化した平家武士に対して反旗を翻して作った武家社会を、さらにひっくり返し、しかも長らく行われていなかったご親政を行ったのである。

 だが、そううまくはいかなかった。もともと、実際に覇権を勝ち取るための実働部隊となったのは、北畠や千種を除けば、全て武家集団だったのだ。当然ながら、貴族偏重の見返りでは不満がたまる。ある意味、全く新しいことを始めようとしたのに、根回しなどの準備不足の状態であった。というか、国の機関設計に無理があったようだ。参謀の北畠親房の手抜かりだろう。

 その不満を背景に登場したのが、後醍醐天皇の親政成立に多大な貢献をした足利尊氏だ。彼は苦労しながらも、再び武家たちを糾合して幕府を打ち立てた。以前の鎌倉幕府のような体制に戻したのである。その後も反対勢力となった帝との駆け引きもしながら、なんとか足利幕府作ったのだ。だが、もちろん鎌倉幕府のような実質的な北条独裁体制では立ち行かない。彼は、紆余曲折を経ながら独自の改良バージョンとして、将軍などはあくまで調整役的な色彩の濃いユニークな体制を作り上げたのである。

 結果、どうだったか。いろいろと後半はゴタゴタしたものの、曲がりなりにも継続された。その後に体制そのものをぶち壊す織田信長が登場するまでは、だ。いずれにしても、物事はイチから作るのはエネルギーはいるが、実は勢いで成り立つこともある。短距離の強さか。だが、あるものに改良を加えて持続させるのは結構負荷がかかる。長距離走のようなものだということだ。

 kenko.JPGところで写真用品である。本欄でも書いたが、ケンコー・トキナーのアオスタバッグがデザインを変えて、一気に新発売する。もともとアオスタといえば、アウトドア系よりの流れに乗ったバッグを作り好評ではあった。が、さらに伸ばそうと、今回はイタリア人的気質の強い担当者が着任。自身も撮影者としての実体験と、前任であった市場を見られる営業職の時に得たデータを活かした。ちなみに、同担当者は、壊れて返品された商材のストックもつぶさに点検。どこの部分がどういう原因で破損したのかを徹底的に分析したのである。

 その結果発売されたのが、新アオスタバッグ群だ。もちろん、良いデザインの部分は残し、そのうえで時代を読んで、アウトドアではなくタウンユースよりに舵を切った。さらに、ユーザーの立場に立って、例えば開き口をあえて斜めにあくように設計し、撮影現場での利便性を考えたりした。また、別の商品では椅子にもなるとともに、バッグとしての機能を果たす商材も揃えた。これを極めて短期間で行ったから恐れ入る。まさに、超日本人の感覚だ。

 まさに、アオスタの新バッグ群は足利尊氏のように支持者を集めそうなバッグ、なのだ。

 しかし・・本当にそういう感じだよなぁ。まずイチから作る人物なりが現れる。これは目立つ。だが、長く根強く続くのは前々からある体制を大枠を変えずに工夫を凝らしたものを作る人物の勢力なんだよなぁ。ちなみに、この足利尊氏というのは、非常に興味深い。というか、一言で表せない人物だと思う。大河ドラマでも一度しか取り上げられてないし、演じていた肉体派の真田広之氏はどうにも演じづらそうであった。。なお、同じ番組内で武田鉄矢氏が楠木正成公を演じていたのだが、どうも戦の前にいちいち説教をしそうであった。

ティーストのフィルターは真の教養人こそ似合うのだ

 我ながら教養がないなぁ、と思うことがシバシバある。もちろん、モノを知らないという場面に遭遇してそう思うこともあるが、事はそんな単純ではない。根本的に、教養を得ようという姿勢がないのである。

 では、教養とはなんなのだろうか。それは、知識があるとか無いとかの問題ではない。そんなのは、記憶力の問題だったりする。事実、東大生だってバカはいるだろう。その定義は、と考えると。というか、ある哲学者の話によると、通りいっぺんのことに納得せずに、根本を考える姿勢だという。そう。○○は××である。これは、単なる知識だ。これから踏み込んで、では、何故そうなのか。また、そもそも、○○とはなんなのか。××とはどういうものか。ここまで疑問に考えて掘り下げられる思考の持ち主こそ、真の教養人と言えるということだ。

 これは、簡単なようで難しい。ましてや今やネット時代である。少し検索すれば、知識自体は得られる。それをしないで、さらに深く追求してみる。場合によっては関係する書籍も参考にしたりする。こういう姿勢の持ち主が教養人だ。

 その哲学者によると、現状では多くの人々が、その姿勢を放棄しているという。それでも、少年と呼ばれる世代は純粋らしい。問題は、中年以上の大人たちだ。この世代は、実は薄々、それが教養であると認識している。だが、面倒でやろうとしない。挙句に「世の中、そんなものだ」と開き直ろうとする。で、日常的に飲酒をしてごまかす。また、少しばかり残る自己顕示欲を発揮しようと、句作などしたりする、と。

 この一節を読んで、これはこちらのことではないか、と妙にゾッとした。監視衛星か何かで、こちらの行動をチェックしていて、その例として披露したのではいかと思った。恐ろしい。

 ピラレット.JPGさらに、指摘は続く。このように根本を考える教養のための勉強は、実は実際的にも役に立つと。例として、語学や法律あるいは会計でも、どんな資格でもいい。難関系の資格を取ろうとするときのことをあげている。この場合、変に知識だけ得ようとしても、到底受かりっこない。というか、何度も失敗する人の特徴は、こういう通り一遍の知識を身に付けようと、妙に近道で行こうとする人たちだという。近道で行こうとして、結局遠回りどころかゴールにたどり着けないという結果になる。その点、真の教養を身に付けようと、根本から理解しようとした人たちはどうか。一件、遠回りのようだが、意外に受験勉強的な辛さを感じずに勉強したうえで、結果として合格する場合が多いという。急がば回れとはよく言ったものだ・・。

 要は、横着して早く結果を得たいと目先の利益ばかり追い求めては、到底物事は実現しないということだ。現に、この哲学者は、一件迂遠な教養を身につける勉強を徹底したところ、知識重視、テクニックが必要と言われる試験に、特に専門の対策を講じることなく簡単に合格したという。何か、普段から浅くメリットだけ得ようという、自分を見透かされた感じがした。ここでもスパイ衛星がいるのかと思ってしまった・・。

 ところで、写真用品である。現在、様々な品が市場で競合しているフィルター市場の中で、地味ながら品質に優れ、いぶし銀のような存在のブランドがある。ティースト製品である。珍しく、国内の工場で作られている同製品は、レンズガラスと枠を一体型で固定する特許取得した技術を製品に用いている。特に、ピラレットフィルターというアイテムは、薄枠設計で枠全周にカッティングを施している。薄枠フレームによるケラレ防止と枠外周にローレット加工を施し着脱が簡単な点が評価されている。また、ティースト製品では、同様の技術を用いたライカカメラ用フィルターもあり、フィルター装着のままで、純正キャップがつけられると、かのライカユーザーの間で人気である。これらティーストフィルターの製品アイテムに共通する特徴を見ると、まさに品質の良さという根本を考えて、妥協することなく工夫したんだろうなぁという感じがする。

 まさに、真の教養人が似合いそうなティーストのフィルター、なのだ。

 本当に、教養というのは得難いものだよなぁ。まぁ、よいオヤジになっても身につかないので、こちらは諦めるしかない。取り敢えず呑みに行くか・・って、まさに『良くない大人』の典型ではないか・・。

ベルボンのモバイル系の新ブランドは大経済学者の威光にも沿ったアイテムなのだ

 ともかく度胸がない。これは、先祖からの因縁ではないかと思うくらい、我ながらそう思う。何かを目ををつむってエイヤとできないのである。

 LP-TS1 (BG)-1_1600.JPGいや、正確に言うと違う。エイヤとやるときは、だいたい滅茶苦茶な結果に向かって進むときである。ちょうど、明日締め切りあるいは、早朝から海外旅行に出発しなければいけないというのに深酒するようなものだ。もうどうでも良くなる。ここで自分をしっかりと持った肝の座った人物なら、そんな目先のものに負けないはずである。また、何かを決断するときに、ついつい先の先まで考えてしまう。いや、これは状況を見通すとかのカッコイイ感じではない。これがうまくいった場合の自分の心境、あるいは失敗した場合の心境も考えてしまう。そうすると、実はどちらに転んでも、対した感情が起こらないことに気づく。喜び、あるいは落ち込みはするだろうが、それも一過性のものだろう。そのあとは、物事が終わってしまったという寂しさが残るだけである。

 この、ある種の疲れた気持ちをつい先に体感してしまって、行動起こすこと自体が虚しくなる。だが、これとて、度胸満々の人の場合だったら、どうなっても結果を受け入れる覚悟もあるので、実行に踏み切れるだろう。つまり、腹が座ってないのである。

 だが、少なくともケインズは違っていた。彼ほどの経済学者なら失敗はないだろうと思いきや。結構、チャレンジしていろいろと失敗している。その典型例が投資に関してだ。ちょうど40歳前後だろうか。第一次世界大戦で勝利した米国がドルの価値をあげている傾向があった際に、彼はいち早く、ドル買い、マルク売りで一攫千金を狙った。が、ことはうまくいかなったのだ。彼は破産寸前に追い込まれて、寛大な父親から救ってもらっている。彼は、この失敗にこりて、改めて短期投資よりも長期投資が良いという結論に達した。

 ここですごいのは、止めるのではなく。短期を長期に切り替えるという手法で、投資そのものは続けたことだ。結果、本当かどうかわからないが、彼の60代のときの投資資金は40万ポンドになっている。投資を始めた際には16,000ポンドから始めたのだから、信じられない飛躍である。彼は、後年、最初の投資の失敗から多くを学んだと言っていたようだ。

 つまり、挑戦したのである。結果がどうあろうと、受け止める覚悟で挑戦したのである。これにより、天才投資家あるいは大経済学者としての彼の姿がさらにパワーアップされたのだ。ともかく、怯まずにひねくれずに挑戦あるのみが成功の近道ということか。

 ところで写真用品である。こういう観点から行くと、プレッシャーに負けずに挑戦しつくしている企業がある。本欄でも少し前に取り上げたが、ベルボンの姿勢だ。ともかく、新機軸を打ち出して挑戦してみる。他業種のルートにも乗り込んでみる。走りながら、その後の動きは考えてもいい。ましてや、ベルボンのように本格派三脚という確固たるものを持っているなら、そういった冒険的な動きは可能であり企業としての懐の深い魅力をますのではないかと思う。ここが、スマホやタブレット向けの商材として打ち出したフェイスブランドの雑貨的商材にはフレッシュさを感じる。

 まさに、ベルボンの新ブランドのモバイル系商材はケインズの威光にも沿った展開をしている、のだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。ともかく、チャレンジが大事なのだ。カッコつけたり縮こ待っても仕方ないのだ。大したものだ。時代は変わったのかもしれない。

 ベルボンが スマホ品出す 時代かな  byケンシン翁