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インダストリアのバッグはどこでも輝き人を惹きつけるのだ

「そこのみにて光り輝く」という映画を観たことがある。まぁ、その内容などはどうでもいい。問題は、このタイトルである。これは、実は一般に当てはまらない言葉ではないかと思うのだ。

 特に人間力というものに関してだ。というのも、一箇所で輝いている人間というのはどこでも輝くものである。

 具体的な例を挙げよう。起業する人間のパターンである。今まで、脱サラして起業する例を公私ともに結構見てきたのだが、一応の軌道に乗せていくタイプというのはサラリーマンとしてもそこそこ優秀だったタイプが多い。いち組織人としても、そこそこ実績をあげて輝いていたのだが、さらに発展を期して独立したという感じだ。一方、うまくいかないタイプは、その逆だ。今の会社が嫌だとか、人に遣われるのが嫌だ。上司が嫌いだ、などと不満を根っこに起業するタイプだ。これはうまくいかない。

 117208447_o1.jpg理由は簡単だろう。起業するということは会社を経営するということだ。業務に関わることをやっていればいいというものではない。雑用も多いし。何よりも、対人関係の極致とも言うべき営業をやらないといけない。いや、むしろ営業が根本だろう。与えられた業務に集中できる分、不満を言いながらサラリーマンをやっていたほうが楽なはずだ。そのある意味、面倒くさいことはしなくてもいい業務さえから逃げているのに、その何倍も大変な起業などできるわけがない。一度起業しても、すぐに、その現実を突きつけられて、結局また逃避してしまう。

 もっとも、個人事業主的にフリーランスになるタイプは別だ。なぜなら、どうしても組織に馴染めない体質の人間というのは一定数存在するからだ。知り合いのデザイナーなどは、まさにそのタイプで。勤め人時代は、ストレスで胃潰瘍になり、フリーになってそこそこ有名になり仕事が安定し元気に暮らしている。小説家などにも、こういうタイプはいる。

 だが、ことビジネス社会という土俵で考えると、やはり「どこでも輝く」という人間が成功するということになる。

 これは歴史上の人物を見てもそうだ。豊臣秀吉だって、織田会社の優秀な営業マンだった。もし、信長が本能寺で殺されなかったら、本人はコツコツと優秀なサラリーマンを続けていたはずだ。徳川家康だって、老舗の今川株式会社の優秀な社員だったろう。例は悪いかもしれないが、間宮林蔵だって、優秀な探検家であるとともに、有能な諜報部員だった。さらに、黒田官兵衛だって小寺家の優秀な企画部員だった。斎藤道三については、これは父子二代の業績というのが近年明らかにされたが、その先代のほうは実に優秀な土岐氏の総務部員だった。電力王と言われた松永安左エ門だって、もともとは優秀なジャーナリストだ。例外は、業界紙の方にも書いたのだが、北条早雲で。彼の京都での幕府いわば官庁のサラリーマン時代は伝わっていない。これは、多分、官庁という閉鎖性のせいか記録に残らなかっただけだろう。いずれにしても、どこでも輝く人間が起業を制する、のである。

 ところで、写真用品である。インダストリアというバッグブランドに注目が集まっている。これは、アルティザンアンドアーティストの創業者であるデザイナーの半杭誠一郎氏が立ち上げたブランドだ。同氏は、アルティザンを退任したあとは、カメラマンに転身。そこでも実績をあげていたのだが、やはりゼロからもう一度自身のブランドを立ちあげたところ、ファンがつき売上を伸ばしている。常に使う立場にたち利便性も重視。さらに、そのムダを削ぎ落としたところから来る機能美やファッション性に配慮したバッグなどである。特に、ネオプレーン式のバックパックなど、背負った際に負荷がかからずに、しかもタウンユースの雰囲気もある。もちろん、カメラバッグとして使う分は最高である。本人曰く「カメラを入れるバッグ」ではなく「カメラが入るバッグ」というコンセプトで考えたようだが、この微妙さがなんとなくうなづける。

 まさに、インダストリアのバッグはどこの場面でも光り輝くバッグ、なのだ。

 ちなみに、この欄でも取り上げたことがある真田紐ストラップやハンドストラップ、クリーナー用品などで売上をあげているサンアイの三島社長ももとアルティザンである。在職時代は営業のエースだったようだ。ちなみに、これも売上を伸ばすゲリツブランドのKカンパニーの社長や沖縄のオリエンタルホビーの社長は、もとレモン社の中枢メンバーであった。何か軌道に乗せた起業家が同じ会社に同時期にいたというのは、ちょっとおもしろい。そういえば、新撰組の斎藤一と文豪の夏目漱石は、東京高等師範学校という職場で同時期働いていたようだ。一方は名を変えての守衛、一方は金之助の名前で英語教師としてだったが・・。

ミーナの写ルンです革ケースは売れる理由が証明しやすい商品だ

 意外と当たり前のことを見落としがちだったりする。

 ここのところ、酒場で自分より下の年代の人間たちから仕事に関する相談を受けることがある。いや、別にこちらなどを頼りにしているわけではない。誰でもいいから相談したかったのだろう。というのも、話の内容をよくよく聞いてみると、転職を思いとどまらせて欲しいという要望が感じられるからだ。つまり、今の職場に不満だらけなので、何とか逃げ口を見つけたい。だが、実は転職する覚悟はない。そこで、取り敢えず同じ酒場でよく安酒を呑んでいるオジサンに転職を反対されて考えを変えるという図式をとりたいのだろう。よく背中を押す、というが、背中を引っ張って欲しいのだ。

 これは、だが人間のどうしようもない真理だろう。だいたい、ある行動に出る人間というのは、いちいち人に相談したりしないですぐに実行するだろう。相談するとしたら、実行しながらの方法論に関して意見を求めるという感じだ。なので、相談するというのは本当は実行したくないのだ。それを肯定して欲しいので相談ということになる。

 170406-80050-038-2.jpgもちろん、これは意識的にではない。無意識のうちについつい行ってしまうのだ。だが、こういった心理の深いところまでは人は考えない。シンプルに考えればわかる当たり前のことを、自己防衛のために見落としがちなのである。逆に考えれば、結構シンプルに考えたら人は、良い選択ができるのではないかと思う。

 こういった形でシンプルに考えると、ミーナーが発売している写ルンです革ケースが売れるのは理解できる。日常的に楽しめる撮影道具なら、なるべくお洒落にして持ちたいということだ。で、販売店のほうから考えると、これをお客に売れば、その客は何回も写ルンですを買い換えてくれるだろう、と予想がつく。なにせ、せっかくケースを買ったなら、一回で終わらせるのはもったいないからだ。なので、顧客に積極的に勧める商材として認識しPR。これにより、客も店員も双方ともに、ケースの売上に寄与する結果になるのだ。さすがミーナ。目の付け所が違うのだ。

 まさに、ミーナの写ルンです革ケースが売れるのは自然に証明できるのだ

 しかし・・本当にそうだよなぁ。。当たり前のことというのを人は忘れていると思う。酒場では、ビールから入り焼酎日本酒と続くのが当たり前ということだ。そちらの日常も個人的に遵守したい。

 そうそう。来週号は連休週間ということで、本欄は休むかもしれません。気が向いたら休まないかもしれませんが。。よろしくお願いいたします。

ケンコー・トキナーのアオスタ新バッグは足利尊氏のような根強い支持を集めそうだ

物事は、イチから作り上げていくというのは非常に難しいものだ。だが、場合によってはそれ以上に、現在ある形態を変化させて状況に適合させていくほうが大変なこともある。

 その例のひとつが、我が国の中世のバタバタである。

 鎌倉幕府が崩壊後に、理想に燃えて国を建て直そうとしたのが後醍醐帝である。その発足に至るまでは、実に素晴らしかった。これまでの鎌倉幕府というか、北条家の独裁的なやり方に反発する様々な豪族や貴族を巻き込んで新たな国造りをしようとした。建武の親政というやつである。だが、やはり帝であった。どうしても、貴族中心の政治ということでいくことになった。これは、ある意味斬新ではあった。源頼朝および支援する関東の地方武士らが、貴族化した平家武士に対して反旗を翻して作った武家社会を、さらにひっくり返し、しかも長らく行われていなかったご親政を行ったのである。

 だが、そううまくはいかなかった。もともと、実際に覇権を勝ち取るための実働部隊となったのは、北畠や千種を除けば、全て武家集団だったのだ。当然ながら、貴族偏重の見返りでは不満がたまる。ある意味、全く新しいことを始めようとしたのに、根回しなどの準備不足の状態であった。というか、国の機関設計に無理があったようだ。参謀の北畠親房の手抜かりだろう。

 その不満を背景に登場したのが、後醍醐天皇の親政成立に多大な貢献をした足利尊氏だ。彼は苦労しながらも、再び武家たちを糾合して幕府を打ち立てた。以前の鎌倉幕府のような体制に戻したのである。その後も反対勢力となった帝との駆け引きもしながら、なんとか足利幕府作ったのだ。だが、もちろん鎌倉幕府のような実質的な北条独裁体制では立ち行かない。彼は、紆余曲折を経ながら独自の改良バージョンとして、将軍などはあくまで調整役的な色彩の濃いユニークな体制を作り上げたのである。

 結果、どうだったか。いろいろと後半はゴタゴタしたものの、曲がりなりにも継続された。その後に体制そのものをぶち壊す織田信長が登場するまでは、だ。いずれにしても、物事はイチから作るのはエネルギーはいるが、実は勢いで成り立つこともある。短距離の強さか。だが、あるものに改良を加えて持続させるのは結構負荷がかかる。長距離走のようなものだということだ。

 kenko.JPGところで写真用品である。本欄でも書いたが、ケンコー・トキナーのアオスタバッグがデザインを変えて、一気に新発売する。もともとアオスタといえば、アウトドア系よりの流れに乗ったバッグを作り好評ではあった。が、さらに伸ばそうと、今回はイタリア人的気質の強い担当者が着任。自身も撮影者としての実体験と、前任であった市場を見られる営業職の時に得たデータを活かした。ちなみに、同担当者は、壊れて返品された商材のストックもつぶさに点検。どこの部分がどういう原因で破損したのかを徹底的に分析したのである。

 その結果発売されたのが、新アオスタバッグ群だ。もちろん、良いデザインの部分は残し、そのうえで時代を読んで、アウトドアではなくタウンユースよりに舵を切った。さらに、ユーザーの立場に立って、例えば開き口をあえて斜めにあくように設計し、撮影現場での利便性を考えたりした。また、別の商品では椅子にもなるとともに、バッグとしての機能を果たす商材も揃えた。これを極めて短期間で行ったから恐れ入る。まさに、超日本人の感覚だ。

 まさに、アオスタの新バッグ群は足利尊氏のように支持者を集めそうなバッグ、なのだ。

 しかし・・本当にそういう感じだよなぁ。まずイチから作る人物なりが現れる。これは目立つ。だが、長く根強く続くのは前々からある体制を大枠を変えずに工夫を凝らしたものを作る人物の勢力なんだよなぁ。ちなみに、この足利尊氏というのは、非常に興味深い。というか、一言で表せない人物だと思う。大河ドラマでも一度しか取り上げられてないし、演じていた肉体派の真田広之氏はどうにも演じづらそうであった。。なお、同じ番組内で武田鉄矢氏が楠木正成公を演じていたのだが、どうも戦の前にいちいち説教をしそうであった。

ティーストのフィルターは真の教養人こそ似合うのだ

 我ながら教養がないなぁ、と思うことがシバシバある。もちろん、モノを知らないという場面に遭遇してそう思うこともあるが、事はそんな単純ではない。根本的に、教養を得ようという姿勢がないのである。

 では、教養とはなんなのだろうか。それは、知識があるとか無いとかの問題ではない。そんなのは、記憶力の問題だったりする。事実、東大生だってバカはいるだろう。その定義は、と考えると。というか、ある哲学者の話によると、通りいっぺんのことに納得せずに、根本を考える姿勢だという。そう。○○は××である。これは、単なる知識だ。これから踏み込んで、では、何故そうなのか。また、そもそも、○○とはなんなのか。××とはどういうものか。ここまで疑問に考えて掘り下げられる思考の持ち主こそ、真の教養人と言えるということだ。

 これは、簡単なようで難しい。ましてや今やネット時代である。少し検索すれば、知識自体は得られる。それをしないで、さらに深く追求してみる。場合によっては関係する書籍も参考にしたりする。こういう姿勢の持ち主が教養人だ。

 その哲学者によると、現状では多くの人々が、その姿勢を放棄しているという。それでも、少年と呼ばれる世代は純粋らしい。問題は、中年以上の大人たちだ。この世代は、実は薄々、それが教養であると認識している。だが、面倒でやろうとしない。挙句に「世の中、そんなものだ」と開き直ろうとする。で、日常的に飲酒をしてごまかす。また、少しばかり残る自己顕示欲を発揮しようと、句作などしたりする、と。

 この一節を読んで、これはこちらのことではないか、と妙にゾッとした。監視衛星か何かで、こちらの行動をチェックしていて、その例として披露したのではいかと思った。恐ろしい。

 ピラレット.JPGさらに、指摘は続く。このように根本を考える教養のための勉強は、実は実際的にも役に立つと。例として、語学や法律あるいは会計でも、どんな資格でもいい。難関系の資格を取ろうとするときのことをあげている。この場合、変に知識だけ得ようとしても、到底受かりっこない。というか、何度も失敗する人の特徴は、こういう通り一遍の知識を身に付けようと、妙に近道で行こうとする人たちだという。近道で行こうとして、結局遠回りどころかゴールにたどり着けないという結果になる。その点、真の教養を身に付けようと、根本から理解しようとした人たちはどうか。一件、遠回りのようだが、意外に受験勉強的な辛さを感じずに勉強したうえで、結果として合格する場合が多いという。急がば回れとはよく言ったものだ・・。

 要は、横着して早く結果を得たいと目先の利益ばかり追い求めては、到底物事は実現しないということだ。現に、この哲学者は、一件迂遠な教養を身につける勉強を徹底したところ、知識重視、テクニックが必要と言われる試験に、特に専門の対策を講じることなく簡単に合格したという。何か、普段から浅くメリットだけ得ようという、自分を見透かされた感じがした。ここでもスパイ衛星がいるのかと思ってしまった・・。

 ところで、写真用品である。現在、様々な品が市場で競合しているフィルター市場の中で、地味ながら品質に優れ、いぶし銀のような存在のブランドがある。ティースト製品である。珍しく、国内の工場で作られている同製品は、レンズガラスと枠を一体型で固定する特許取得した技術を製品に用いている。特に、ピラレットフィルターというアイテムは、薄枠設計で枠全周にカッティングを施している。薄枠フレームによるケラレ防止と枠外周にローレット加工を施し着脱が簡単な点が評価されている。また、ティースト製品では、同様の技術を用いたライカカメラ用フィルターもあり、フィルター装着のままで、純正キャップがつけられると、かのライカユーザーの間で人気である。これらティーストフィルターの製品アイテムに共通する特徴を見ると、まさに品質の良さという根本を考えて、妥協することなく工夫したんだろうなぁという感じがする。

 まさに、真の教養人が似合いそうなティーストのフィルター、なのだ。

 本当に、教養というのは得難いものだよなぁ。まぁ、よいオヤジになっても身につかないので、こちらは諦めるしかない。取り敢えず呑みに行くか・・って、まさに『良くない大人』の典型ではないか・・。

ベルボンのモバイル系の新ブランドは大経済学者の威光にも沿ったアイテムなのだ

 ともかく度胸がない。これは、先祖からの因縁ではないかと思うくらい、我ながらそう思う。何かを目ををつむってエイヤとできないのである。

 LP-TS1 (BG)-1_1600.JPGいや、正確に言うと違う。エイヤとやるときは、だいたい滅茶苦茶な結果に向かって進むときである。ちょうど、明日締め切りあるいは、早朝から海外旅行に出発しなければいけないというのに深酒するようなものだ。もうどうでも良くなる。ここで自分をしっかりと持った肝の座った人物なら、そんな目先のものに負けないはずである。また、何かを決断するときに、ついつい先の先まで考えてしまう。いや、これは状況を見通すとかのカッコイイ感じではない。これがうまくいった場合の自分の心境、あるいは失敗した場合の心境も考えてしまう。そうすると、実はどちらに転んでも、対した感情が起こらないことに気づく。喜び、あるいは落ち込みはするだろうが、それも一過性のものだろう。そのあとは、物事が終わってしまったという寂しさが残るだけである。

 この、ある種の疲れた気持ちをつい先に体感してしまって、行動起こすこと自体が虚しくなる。だが、これとて、度胸満々の人の場合だったら、どうなっても結果を受け入れる覚悟もあるので、実行に踏み切れるだろう。つまり、腹が座ってないのである。

 だが、少なくともケインズは違っていた。彼ほどの経済学者なら失敗はないだろうと思いきや。結構、チャレンジしていろいろと失敗している。その典型例が投資に関してだ。ちょうど40歳前後だろうか。第一次世界大戦で勝利した米国がドルの価値をあげている傾向があった際に、彼はいち早く、ドル買い、マルク売りで一攫千金を狙った。が、ことはうまくいかなったのだ。彼は破産寸前に追い込まれて、寛大な父親から救ってもらっている。彼は、この失敗にこりて、改めて短期投資よりも長期投資が良いという結論に達した。

 ここですごいのは、止めるのではなく。短期を長期に切り替えるという手法で、投資そのものは続けたことだ。結果、本当かどうかわからないが、彼の60代のときの投資資金は40万ポンドになっている。投資を始めた際には16,000ポンドから始めたのだから、信じられない飛躍である。彼は、後年、最初の投資の失敗から多くを学んだと言っていたようだ。

 つまり、挑戦したのである。結果がどうあろうと、受け止める覚悟で挑戦したのである。これにより、天才投資家あるいは大経済学者としての彼の姿がさらにパワーアップされたのだ。ともかく、怯まずにひねくれずに挑戦あるのみが成功の近道ということか。

 ところで写真用品である。こういう観点から行くと、プレッシャーに負けずに挑戦しつくしている企業がある。本欄でも少し前に取り上げたが、ベルボンの姿勢だ。ともかく、新機軸を打ち出して挑戦してみる。他業種のルートにも乗り込んでみる。走りながら、その後の動きは考えてもいい。ましてや、ベルボンのように本格派三脚という確固たるものを持っているなら、そういった冒険的な動きは可能であり企業としての懐の深い魅力をますのではないかと思う。ここが、スマホやタブレット向けの商材として打ち出したフェイスブランド雑貨的商材にはフレッシュさを感じる。

 まさに、ベルボンの新ブランドのモバイル系商材はケインズの威光にも沿った展開をしている、のだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。ともかく、チャレンジが大事なのだ。カッコつけたり縮こ待っても仕方ないのだ。大したものだ。時代は変わったのかもしれない。

 ベルボンが スマホ品出す 時代かな  byケンシン翁

プロフォトのライティング機材はあらゆる客層まで照らすのだ

 表面ではわからないが、ひとつの出来事が思いがけない効果をおよぼすことがある。

 例えば、フランス革命時のマリーアントワネットの役割である。彼女こそ、財政破綻で行き詰まったフランス王室を歴史的に終焉させるための象徴的な存在として利用されたと思う。

 プロフォト画像.JPG巷間伝えられるところによると、彼女は非常に贅沢であり、その浪費がフランス王室の財政破綻を呼んだと言われている。だが、実際はそんなことなどあるものか。ひとりの人物の贅沢などたかが知れている。いくら浪費しても使いきれるものではないだろう。だいたい、マリーアントワネットは人が見ていないところでは、意外に質素な生活態度を貫いていたという話もある。

要は、フランスはマリーアントワネットの夫の16世を遡り14世のときに行った海外戦争の戦費調達の度が過ぎて破綻に向かって突き進んだのだ。その後に何ら財政改革をしないのだから、それは破綻するはずである。
 
 だが、民衆というのは、わかりやすいものが好きである。そこで、目立つシンボルが欲しかった。それが、マリーアントワネットである。全ては、この女の浪費のせい、などと事を単純化して理解することで、民衆にとっては闘争心をかきたてられたのだ。もっとも今みたいに、情報公開の制度があったら、すぐに理解できただろうなぁ。そもそも、フランス革命前の王室の収入は年間5億リーブル、累積赤字が45億リーブルである。負債の利子だけで年間3億リーブル、この他、年金などもろもろの支払いが2.5億リーブルと伝えられる。マリーアントワネットがどう質素にしたとしても、支払いのほうが、収入より多いのだから、既に破綻していたのだ。なのでフランス王室はもはや倒れる運命にあった。その名目としてマリーアントワネットの悪女としての役割が必要だったのである。つまり、フランスをバランスのとれた近代的な市民社会に導く役割を担ったのが彼女であったとも言えよう。

 同じような役割を担った存在は日本史にもいる。今川義元である。彼は、実はかなり豪腕の戦国大名であり、しかも血筋もいいという稀有な存在であった。だが、関わった人物が悪かった。もはや人間のレベルを超えた発想をする織田信長である。不世出の英雄というやつだ。史上において、今川義元の存在はこの英雄に最後に一度だけ敗北したことにより、それまでの辣腕ぶりがかき消され、都かぶれの変なオヤジということになってしまったのだ。要は、織田信長の存在をクローズアップするという自分でも思いもよらない役割を担ってしまったのだ。

 ところで、写真用品である。プロフォトという周知のようにモノブロックストロボを発売する有名企業がある。このプロフォトの最大の特徴は、ライティングの際の操作が非常に簡単だということだ。しかも品質レベルは周知のごとくプロレベルである。結果、ここの商材が広まるに連れて、簡単操作ということで、画作りを楽しむアマチュア層や、週末だけ副業カメラマンをする『週末カメラマン』が多く購入。こういった層をクローズアップするという役割を担ったのである。ライティング機材所有者の幅を広げたのである。もちろん、こんな役割を担うとは、プロフォト自身も思ってもいなかっただろうが。

 まさに、プロフォトのライティング機材はあらゆる客層まで照らし出した、のだ。

しかし・・本当に予想外の役割を担うことがあるよなぁ。先日、行きつけの安酒場にいったところ、常連の一人から隣町の某店の悪い評判を聞いた。その結果、隣町にある、この行きつけの安酒場が安いこともあって、客足が増えたという。隣町の店もとんだ役割を担ったものだ・・。

KANIは研ぎ澄まされた透明感を持つフィルターだ

 
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 右から獣が来た。つまらない通勤電車での風景である。つり革につかまり立っていた。左には大人しそうな若いOLである。そのOLの前の席が空いた。彼女がモジモジと座ろうとした、その刹那。右から文字通り獣のような俊敏さでシニア男性が席に食らいついてきた。
 あまりの呆気なさに驚くとともに、何か猛烈に腹が立ち、そのシニア野郎を睨み付けた。OLはバツが悪そうに俯いている。だが、当のシニアは、全く関係なく新聞を読み始めている。無意識の反射的行動のようだ。
 こういうのを、鈍感というのだろう。無意識なので悪い鈍感だ。
 これに対して、五木寛之先生なんかが提唱している鈍感力というのは、良い鈍感だ。では、悪いのと良いの差はどこにあるのかというと、意識してるかいないかだ。羞恥心や怖れ、不安、これらを知り尽くした上で、敢えて堂々と踏み込む。これが良い鈍感だ。いや、この場合は鈍感というか、逆に研ぎ澄まされた高揚感を持っているということではないか。
 ところで、フィルターの国内新規参入メーカーにKANIというブランドがある。中国製だが、従来の同国製品のイメージである安かろう悪かろうとは真逆のものだ。光学ガラスはドイツ製。高い研磨技術により平坦精度が保たれている。使ってみるとすぐにわかるが、色かぶりが少ない。グラデーション効果も精度が高い。もっとも、値段も高い。100mmが15,800円、150mmが24,800円である。日本で同製品を取り扱う社の社長自体が、決して安価なものではなく。心からカメラを愛する人にのみ買って欲しいと言っている。
 日本市場では、マルミやケンコートキナ-、といった有名どころが競合として居る。その中で、敢えて同じ本格派の高価格帯路線で乗り込んできた。良い意味での鈍感力いや研ぎ澄まされたパワーのある高揚感を持っている。
 まさに、KANIは研ぎ澄まされたパワーのあるフィルター、なのだ。
 しかし、新しくて真実を写すものが次々と出てくる昨今の用品だ。こちらも自分の真実を見極めるために、アルコールを入れるようにしよう。

写真用品のなかでライティング部門は今輝いているのだ

 人にはモテ期がある、とは良く言われる。というか、三流男性誌で良く書かれている。あいにく、これまでモテという言葉は辞書にはなかった人間からすると、理解できない。しかし、漫画やそれを原作とする映画もできたくらいだから、それはあるのだろう。

 180x_mf18.jpgだとしたら、運良くそういう時期に差し掛かった男女は、その機会を利用しない手はないということになるだろう。よく言われる。幸運の女神には後ろ髪がない、と。これは、ローマ神話に出てくるフォルトゥーナ(英語読みだとフォーチューナ)のことらしい。客観的に見て後ろ髪がないのは、単に刈り上げの体育会系オヤジのような気がしないでもないが、もちろん、そういうオヤジを讃える話ではない。チャンスは、きたと同時に直ぐに掴まないとダメだ、ということだろう。

 これは何となく理解できる。よく、チャンスだと思っても動かない人間が居て、だいたい冴えない状況に陥る。昔、加藤の乱、というのが政界であったが、それなどその通りだろう。あのとき、故加藤紘一先生は、総理の座を狙うべきであった。結果としてダメでも、そのパワーから影響力を残し、次回は成功したかもしれないのだ。甚だ、残念に思った記憶がある。ちなみに、加藤先生の娘の現職国会議員は美人である。。まぁ、それはともかくとして。

さらに、卑近な例で言えば。こちらの九州の親戚の例もある。彼は、地元のボスとの一騎打ちで県議会だかなんかに出ようとしていた。かなり不利な状況だったが、応援してくれる若年層もいた。だが・・結局、弱気になり、また対抗馬の地元ボスの陣営から何らかの条件をちらつかされたようで、結局出馬を断念。その後、二度と世間的に立てなかった。彼は、負けてもよかったから出てみるべきだったのだ。そうすれば、少なくても知名度があがった。そうすれば、次回という芽はあったのだ。

 この例を歴史上の出来事で考えると、良く言われるのが豊臣秀頼の煮え切らない態度である。彼は、負けてもいいから老獪な徳川家康の堀の埋め立てなどの条件を突っぱねて、自らも打って出るべきだった。戦は勢いの部分が大きい。総大将の勇姿を見たら、形成は変わっていた可能性はあったのだ。チャンスを逃したのだ。もっとも、実は豊臣秀頼というのは、今の身長でいうと190cmくらいあったらしい。しかも、肥っていた。そもそも、男は女親に似るというが、母の淀君は168cmくらいあった。こんなでかい親子がウジウジとしている姿もどうかと思うが。まぁ、仕方ない。もしかしたら秀頼は慢性の運動不足からくる体力の無さもあったかもしれない。

 もっとも、チャンスを無理やり捕まえよう。いや、無いところで無理やり作ろうというのも難しい。以前に、元宮崎県知事が、どう勘違いしたのか、総理になれるチャンスとばかりに打って出ようとしたが、ものの見事に崩れた。きっと前髪もなかったのに勘違いしたのかもしれない。。まぁ、こちらも人のことは言えないが。。あと、堀江先生のように、収監されてもたまらないが。

 ところで、写真用品に関してである。現在、カメラの停滞とともに冴えない状況ではあるが、唯一実は伸びているジャンルがある。ライティング部門である。もちろん、地味だ。だが、アマチュアは安いストロボから入り、専門メーカーの品々を買っているし、そこからステップアップしてプロフォトやKPIの商品を買うひともいる。さらに、内製化で商品撮影をし始めた法人関係の需要や、アマチュアと差別化をしたいプロ関係者の需要も出ている。まさに、運命の女神の前髪が輝いて見える時期なのだ。これを活かす手はないと思うが、どうだろうか。

 まさに、写真用品のライティング部門はここのみにて光り輝いている、のだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。ライティングは今、妙に伸びているのだ。まぶしく光輝いている。この光を逃さずに、突っ走って欲しい。こちらも、ハイボール1杯180円の時間帯を逃さずに突進するつもりだ。。

 今回は、地道なストロボの啓蒙活動をしているニッシンジャパンさんに敬意を表してイメージ画像を使わせていただきました。。

ケンコー・トキナーのゼクロスNDはスローなブギを奏でるフィルターだ

 これでも結構、ウツの気がある。と、本欄でも何度書いたことか。まぁ、これもその度に書くのだが、本当にウツのやつはウツとは言わない。単に落ち込む癖があるというところか。

 ZX_nd16.JPGでは、何故落ち込むのだろうか。それは・・なかなか、金持ちになれないとか。ボールペン落としてしまったから、とかいろいろな要因もある。だが、時として響くのは、言葉を大切にしない人間に接した時だ。これは、これで我ながら偉そうな書き方だと思うが。本当に、言葉を軽くとらえて使っているケースが多い。というか、言葉の影響力を考えていないのだ。字は消去してしまえばいい。ブログなどもしつこく手段を追求すれば、完全に消すことはできる。だが、言葉は一度空気中に発したら消せないのである。いや、仮に消したとしても、言われた方は結構覚えているどころか、増幅させたり拡張させたりする。こいつは厄介だ。

 なので、言葉がきっかけで暴力的犯罪が起こったりするし、人によっては発狂したりもする。それなのに、なんだろうか。たまに滅茶苦茶な言葉遣いをする人も多い。いきなり怒鳴り出す奴もいる。まぁ、いきなり怒鳴り出すのは脳に何らかの故障があるという話もあるが。滅茶苦茶な言葉遣いの人もいる。それも、良い年して対人が重要な職業の人だったりする。何故、これほど無用心なのだろうか。

 よく気さくさと礼儀知らずを混同している人がいるが、それらは全く違う。気さくがウリだったと言われる坂本龍馬だって、普段は着物の胸をはだけて話していたが、大名の松平春嶽と会うときは、きっちりとした折り目正しい態度を取っていた。いや、彼とはもう友達だからだ、という人もいる。だが、相手が本当にそう思っているかどうか疑問だろう。それは、親しげな態度で話しかけられたら、取り敢えず合わせるのが大人だろうが、内心では、誰だっけ、と思っている場合もあるかもしれない。仮に、友達だとしても、馴れ合いになってズカズカ踏み込んでいくと、とんでもないことになることもあるだろう。なかなか、難しいのだ。

 では、どうしたらいいのか。思うに、そういう無礼な態度をとってしまう人、すぐに図に乗ってしまう人の共通点として早合点しすぎというのがある。なんでも、早く早く、突き進もうとするのだ。ちょっと、立ち止まってみればいいのにと思うのだが、すぐに自分の概念に全てを取り込もうとする。それは避けて、一度立ち止まってスローペースにして考えてみればいいのではないか。そう。スローにスローに、とどこかで思っておけば、人とだって程よい付き合いから徐々に友情とか愛情が深まったりすると思う。スローなブキにしてくれだ。

 ところで、写真用品である。ケンコー・トキナーから今後、ゼクロスのNDフィルターが発売される。これは、既定のラインであるのだが、このNDの場合は敢えて4からではなく、8と16という品揃えからスタートさせている。スローシャッターという需要に応えるためだろう。この敢えてスローを深くというところから、ゼクロスフィルター全体を通して見える奥の深さが感じられると思う。

まさに、ケンコー・トキナーのゼクロスNDフィルターはスローなブキを奏でてくれるのにうってつけな存在、なのだ。

 しかし・・本当にそうだよなぁ。何事も急ぎすぎ、焦り過ぎはろくな結果を産まないのだ。先日、酒が早く飲みたいがために、駅前の酒場に行ったのだが、帰宅途中に見たらいつもの大衆酒場が開店割引営業をしているのを思い出した。しまった、もっとスローなブギにしとけば良かった!

 片岡義男先生、いくら個人ブログとはいえ多用して大変失礼しました。。

写真用品メーカーたちのパワーと意欲を感じたCP+2017

 CP+が終わった。。流石に、凄い人出であった。もっとも、入場者数は昨年よりダウンしているようだ。ただ、会場にいた感じでは増えているように思えたので、人の感覚などあてにならないとつくづくわかった。まぁ、会場での滞留時間が長い人やリピーターが多かったというところなのかもしれない。

 packs_exus_lp.JPGただ、今回のCP+は、カメラのほうの新製品が弾不足と開催前から言われていた。なので、不作の年になるのではないかと。だが、そんな下馬評が蔓延するなかでも、写真用品メーカーに関しては、新製品や破天荒な製品が目白押しであった。

 まず、定番のケンコー・トキナーでは、料理の鉄人ならぬフィルターの鉄人たちが細かい担当分けの中で、奮闘していた。NDフィルターやソフトフィルターなど様々だ。そんな中で、PLでもジェラルミン枠の新製品が出ていた。つまり、派手で目を惹きつける感じだったのだ。もっとも、用品の鉄人というのも同社の社内に居るのだが、この人は総合司会で忙しかったようで、このコーナーにはそれほど居なかった。期待してきた人は寂しかったかもしれない。だが、その分、バッグのほうに新キャラがいた。口八丁手八丁のイタリアン人のような担当者だ。いや、イタリア人そのものだ。ネックレスも渋い。この人が手がけたバッグは、いかにもお洒落なデザインであった。特にユニークなのは袋の入口のあたりで、ジッパーを全開にするのではなく、うまく折れるように作っていたやつだ。つまり、よくありがちな中身が飛び出ないようになっているのだ。インターセプターも生地が変わっていたし、伝統の職人と結びついたバッグも参考出品していた。説明してくれたイタリア人同様に、バッグを使ったらモテそうな気がしてきた。

 そんなケンコー・トキナーを過ぎると、マルミ光機のブースがあった。ここでは、ついに・・超硬質のフィルターが発表されていた。エグザスシリーズのSOLIDだ。これは、かなり硬そうだ。胸ポケットに忍ばせておけば、狙撃されても大丈夫な気がする。この強さを表現した動画も放映していたのだが、これも良かった。が、担当であったマルミの広報のマッサンによると、個人的にはもっとシュールなオチをついたものを制作したかったそうだ。そのオチの内容をきかせてもらったのだが、放送禁止的な内容であった。。さすが、芸大出は違う! そうそう。担当者で言えば、お馴染みのベルボンのマタさんだが、予告通りに三脚の機能美とボディビルダーの筋肉美をブースで解説していた。ちなみに、ブースでは天候によってアイテムのある雲台やカーボンのUTなどベルボンらしい作りこんだ商材が多い中で、スマホやタブレット用などの海外製の取扱商品も提案していた。打ってでてやろうという気構えがある良い雰囲気だった。ただし、マタさんに関しては、打って出るのではなく、ひたすらボディビルダーを褒めまくっていた。実は、自分のほうが筋肉があるということをひた隠しにかくしていた。まるで、古武士のような彼の態度に敬服した。それと、銀一のブースでは、新ブランドのかなり筋肉質な三脚、RRSを展示。このミニサイズでも一眼が載せられる堅牢性に驚いた。まさに、筋肉の塊のような製品であった。説明してくれた銀一の社長もしばらく見ないうちに筋肉質度合いが増していた気がした。どこもかしこもボディビルなのか。ほかに、エツミのフォトフレームと甲冑武者やら、シルイの防湿庫と人魚姫やら、見るべきところは非常に多かった。セミナーでは、やはりニッシンが人を集めていた。

 このように明るい雰囲気の中で、ちょっと気の毒だったのが、KPIと市川ソフトのブースだ。KPIはオールドレンズ愛好家が泣いて喜ぶようなモノまで展示していた。もちろん、このブースをはじめから意識してきた人は良かったのだが、ちょっと通り道から気がつかれない感じであった。どうもなぁ。。こちらのように、ユーコリン見たさに行ったのなら別だったが。市川ソフトもちょっと奥のどん詰まりの場所だった。ここでは、セミナーで集客したり、セコニックと提携したり、あるいはスペースジングとの協力などしており、来る人は来たのだが、通常はやはり人が少なかった。どうせなら、市川社長が説明するシルキーピクス講座でもやれば、場所に関係なく人が来たと思うのだが、どうだろうか。少なくても自分だったら行く。なお、市川社長とこちらは同年代である。同じ年でこれだけ差がつくのもどうかと思うか、仕方ない。あと、仲村トオルさんとも同年代である。同じ年でこれだけ差がつくのも・・まぁこれも仕方ないか。。

 いずれにしても・・やはり写真用品企業の強さとパワーが目立ったCP+2017、なのだ。

 しかし・・本当に凄いパワーを感じたCP+だったよなぁ。ちなみに、最終日のあとは本欄でも度々登場してもらった山田台紙の社長の酒席に同席させていただいたのだが、写真用品に対する激烈な議論を展開しすぎて翌日全く記憶がなかった。集中しすぎると、人間の脳機能は記憶を消去する方向に動くものなのか。

 なお、今回の写真画像はあくまでイメージです。大人の事情があって無難なものを採用したのではございませんので。。念の為に・・。